ねこの消えた日｜リアクション

ねこの消えた日

　霧生深雪は先ほどまでの自分の行動を思い出さずにはいられない。話は少し過去、修に出会う前にさかのぼる。

大切な飼い猫を見失って、深雪は焦っていた。というのも仮にも年上だというのに、渚砂ときたら、まるで当てにならないのだ。「サティがいないんだ。どこかでお散歩かな？」なんて、のんきすぎる。サティがいないということは一大事も一大事、何より重要視しなければならない事態だと言うのに！
だから深雪は自分が主体となって、サティを探すことにした。道行く見知らぬ人に、サティを見ていないかと尋ねる。
「すみません。ペットの■を探しているんですが……。ええ、白くてまだ小さい■です。名前はサティ」
「あの……？　言ってる■とがよくわからないんですが」
「え？　■です、■・■。……えっ」
朝から変だとは思っていたが、これはおかしい。深雪は自分の声がかき消えてしまうことにぎょっとした。
（全然通じねぇ……なんでだ!?　っていうか、肝心の単語だけ声が出ねぇ！）
冷や汗が服の下を伝うのがわかった。渚砂はといえば、
「深雪君？　何してるの、白い■で説明がつくと思うんだが……あ、あれ？」
と、今になってようやく事の次第に気がつく始末。深雪は自分ひとりでなんとかするしかないと悟った。
（どうすりゃいいんだ……身振り手振りで説明するしかねぇか）
深雪はかしこまった表情で通りすがりの人を呼び止める。ただならぬ様子に、呼び止められた相手にも緊張が走った。
「えっと、探しているんです。サティと言うんですが、ペットの動物です。小さくて白くて、俺にべったりの甘えん坊で、俺の姿が見えないと鳴いて探し回るくらい寂しがり屋で……」
「え？　はあ……そうなんですか……」
サティの特徴をとうとうと語られた見知らぬ女性は、戸惑っている。
（やべぇ！　ついついサティのこと語っちまった。話が逸れてる上に通じてねぇし、変な顔されてる！）
いつもならこのあたりで逃げ出したくなるのだが、今はサティの安否がかかっているのだ。悠長なことはしていられない。
（くっそ！　こうなったら奥の手だ！）
「……ちょっと物真似、します■……■ういう動物で……」
深雪は、握った拳をくるりと丸め、招き猫、もしくは猫パンチの形を作る。
「にゃ……にゃあっ、って……鳴くんです……」
一見クールな美少年が、愛する猫のために赤い顔をして一生懸命になっている。貴重な光景であった。猫の物真似を見せられた女性ははっきりしない笑みを浮かべている。そこに助け舟……というよりは、船に水を注ぐような真似をしたのは渚砂だった。
「あのう、えっと、深雪君？　鳴きま■しなくとも、絵を描いて見せればいいんじゃないかな」

「……っていうわけで、深雪君ったらほんと親バカ……ぐっほぉ!?」
　と、これまでのエピソードをうれしそうに語る渚砂の横腹に、重い一撃が入った。修が見たのは、真っ赤な顔をして渚砂に肘を打ち込んだ深雪の姿である。
「言うならもっと早く言えよ馬鹿！　さらに、シュウにまで何説明してんだ！」
まるでコントのような光景だが、先ごろは深雪と渚砂の、このようなやりとりをよく見るようになった。多少乱暴だがほほえましいと、つい修の頬も緩む。

「ああ、それで……シュウは何してたんだ？」
「本土に行ってくる。　文字消失現象の範囲を確かめたい」
「そうか。大丈夫だとは思うが、気をつけろよ。俺はサティが心配だから」
「きっとすぐに見つかるさ。渚砂もいるしな」
修にそう言われ、『お兄さん』役の渚砂は、「任せなさい！」と胸を張るのだった。呆れ顔の深雪を残して、修の乗った車は本土へ向けて走り去る。