ねこの消えた日｜リアクション

ねこの消えた日

　西日が地平の果てに沈み、夕刻が夜へと移り変わろうとする時間。ジニー・劉と本田宗次は場末のバーに引っ込んで、酒をひっかけていた。飲み始めるにはまだ少々早すぎる時刻だったが、彼らは飲まずにはいられない心境にあった。
「あーあ……すっかり日が暮れちまった」
　散々な日だった。ネットも本も見られず、飯をたかろうと思えば猫一匹に翻弄され、ラブホテルに男二人で突撃する羽目になるとは。案の定猫は屋上に上がっていて、先回りして捕まえられたからよかったものの、へたをすればラブホ代をケチって屋上デートしようとしたイカレたゲイカップルと勘違いされたっておかしくなかっただろう。
「無駄足ではなかったろう。助っ人代に今日はおごってやるよ。嬉しいだろ？」
「はぁ……あんな毛玉探して三十万とはな。金持ちの考えることと来たらよぉ……」
「ついてねえ日だったな。お互い」
「ああ……お？　本田、お前、言葉が」
「ん？　ああ、『ついてねえ』って言えたな、俺」
「そういや俺も『こと』が言えたな。直った、のか？　まったくおかしな島だぜ」
血色の悪い手と、手袋に包まれた手が、琥珀色の液体が注がれた新たなグラスを手にする。最初に口を開いたのはジニーだった。
「アンタ、今の暮らしはどうだ？　快適か？」
「生まれはこっちじゃねえが、住み慣れた島だ。おかしなことも、変わりもんも多いが、適度に刺激的で適度に平穏。割といいもんさ」
「……そーかい」
宗次は答えてから、酒を流し込む。ジニーはそれに短く答え、並んで酒をあおった。
（お互い本土を追われて島までやってきた境遇だ。親近感……って言うのかね。こういうの。まんざらでもねえな）
「んじゃまあ、乾杯でもしねえか？」
「もうとっくに飲み始めてるじゃねえか。何に乾杯するんだ？」
「あーそうだな……帰ってきた、『ねこ』に！」
「乾杯！」