ねこの消えた日｜リアクション

ねこの消えた日

　その時ずばんと音を立てて、事務所の扉が乱暴に開く。衝撃の余波で震える扉の裏からは、極彩色とりどりの奇妙な柄シャツに身を包んだ男が現れた。細くて折れてしまいそうな姿、不機嫌そうな顔。事務所の主、本田宗次は伏字だらけに成り果てた日誌を置き、奇妙な来訪者こと、ジニー・劉を見た。
「……情報屋か。扉の開け方は守備範囲外なのか？」
「悪ぃな。勢いあまっちまってよ」
勧められてもいない椅子にどかりと座り、ジニーは宗次に手を伸ばした。小遣いをねだる子供のようなしぐさで手のひらを上にする。
「メシメシ。なんかおごってくれ。今日まだメシ食って■ーんだ……ちっ、またかよ」
壊れたマイクを通じてしゃべったかのように、またジニーの言葉の一部が落ちる。かと言って今日だけ丁寧な言葉遣いにするなどということはできなくて、彼は仕方なくぶつぶつと途切れるスピーチを続けていた。
「……ドタバタうるさいと思えばそれか。まあ別に構わんが、俺の頼みも聞け」
「ああ？　言って見ろよ」
「■を探すのを手伝ってくれ」
「あ？」
「どうやら今日は発音できないようだが……要するに■いつだ。お金持ちのお坊ちゃんのペットだよ」
宗次は猫の写真をジニーに渡す。
「■な。……ちっ、しょうがない、手伝ってやるよ」
「どうせ暇なんだろ？」
「るせえ。助っ人代は弾めよ」
そうと決まれば話は早い。二人はどちらから言い出すでもなく立ち上がり、事務所を出た。
「いい店を知ってるんだ。そいつを紹介するのでどうだ？」
「労力に釣りあわん場所だったら、覚悟しとけよ」
宗次がジニーの肩をぽんと叩く。ジニーはうるさそうに肩を上げてそれを払った。

「しっかし……■を探すのに、『■■』が使え■えのは面倒くせえな」
「それでもやるしか■えか。情報屋、手分けして探すぞ。俺はあっち行くから、■の周辺を頼む」
　外に出てからジニーと宗次は二手に分かれ、猫を探すことにしたのだった。浅慮だったか、と今ジニーはその選択を少々後悔しているところだ。何しろターゲットの名前を言うことができない。ならば写真を見せてと思っても、これがなかなかうまく行かないのだった。日の光の下で出会うには少々奇抜な風貌をした見知らぬ男性に、小さな猫の写真を突きつけられて、足を止め、耳を傾けられるものはこの寝子島でもそう多くはなかったのだ。目を伏せ足早に去る人々の後姿にジニーは叫ぶ。
「だーからー！　俺は不審者かっつーの！　ああ、もうやめだ。聞いて回るよか足で探した方がはえーわ」
写真のコピーを丸めてポケットに突っ込み、ジニーは路地裏へと歩を移した。上品な家の出だろうと、猫は猫。狭くてごちゃごちゃした場所が気になるはずだ。
「いくらなんでも汚なすぎるか……いや、案外……」
ゴミ箱をあさり、薄汚れた段ボール箱を裏返し、猫の視点にならねば気づかない角度に目をやろうと、這いずろうかというほどに身を低くして物陰を覗き込む。この界隈を活動域とする猫たちが、ジニーを迷惑そうに横目で見ている。
「しっし！　見せもんじゃ■えぞ。そうだおい、白い毛の長い目つきの悪い奴知ってるか。知ってたら連れてきてくれよ。ったく……」
ずいぶん探しているが、手がかりはない。狭い路地を這って探す、ジニーの辛抱も限界が近づいていた。すっかり彼のいる風景に慣れた猫どもが近づいてにゃあにゃあと邪魔をするのがうっとうしくて、ジニーは手で追い払う振りをしながらも、捜索活動の単調さに疲れ、気を紛らわすように猫に話しかけていた。