ねこの消えた日｜リアクション

ねこの消えた日

　思い出せないところは、まるで突然マイクのスイッチを消されたように音が吸い込まれていた。喉を詰まらせたとか、言い間違えたのとは違う。
（まさか。気にしすぎだよね？）
考え込んでいた雨寺凛は、部室に飛び込んできた夢宮瑠奈に笑顔で手を振る。一緒に歌えば、こんな変な思い吹き飛ばせる。そう思っていた。
「じゃあ、私はギターとボーカル。瑠奈ちゃんはキーボードお■がい」
「うん、やってみよう」
ちょっと音が飛んだ気がする。でも、瑠奈の笑顔を見ていると、それは些細なことに思えた。雨寺凛は手になじんだギターを奏で、お気に入りの歌を歌う。

「♪いとおしいー　おもいー　■いしーくてー……
♪■のきもちー　うまく■とばにー　したくてもー……え……」

凛のよく響く歌声は、消え入りそうな疑問の声に変わって、しぼんで消えてしまった。見れば瑠奈も、わけがわからないと言いたげな表情をしている。
「あ、あれっ……なんか抜けちゃう■？」
「うん、なんか、足りなくなぁい？」
おかしいなにかを確かめようと、瑠奈も合わせて歌ってみることにした。

「♪でも君は　■■のようで　気まぐれ■
あたしの■■ろを　もてあそぶ……」

瑠奈は呆然とする。凛も同じだった。やはり何かが足りない。足りなすぎて、歌えないほどに。
「あはは……歌詞が飛び飛びでうまく歌えないよ……リズム、狂っちゃうな」
ごまかすように笑う凛の目は笑っていない。目に映っているのは戸惑いの色だけだった。ずっとギターを抱えて歌い続けてきた凛のリズムが崩れるはずがないのだから。
（凛ちゃんも私も、うまく歌えないなんて……ひょっとして、旅に出たっていう朝のあれのせい!?）
（大好きな曲、すてきな歌詞だったはずなのに思い出せない、歌えないなんて、楽しいコト半減だよ……なんだか寂しくなっちゃうな……）
口に出すと、またどこか、何かがかき消されてしまうのだろう。それを確かめるのが恐ろしくて、二人は不安を声に出せなかった。

　凛と瑠奈はいろいろな歌を試す。片思いの歌、元気をくれる歌、ちょっとせつないバラード。喉にも楽器にも異常はないのに、やはり歌は形にならない。それどころか、凛と瑠奈ががんばればがんばるほど、フツウのおしゃべりにさえ支障が出ているという事実を思い知らされるだけになってしまった。瑠奈はよどんだ空気を振り払うように、楽器のもとを離れ、つとめて明るい声で言う。
「凛ちゃん、も、もしかしたら喉の調子がよくないだけかも！　あたし、お■う茶か何か入れる■！」
（お紅茶か何か入れるね）
こんな言葉すら満足に伝えられない。だが瑠奈はあきらめなかった。このまま歌を失って、しょんぼりした顔の凛を見ていたくはないから。
「んー……？　ティーでもドリンクする？」
瑠奈の苦肉の策に、凛も思わず笑顔になる。
「ぷっ……そうだ■、私もティーを！」