＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）｜リアクション

＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）

●雪魔狼戦・５～永遠とやらが欲しいなら

　ブルーの死を、リーダーのレッドは血の匂いで知った。
　しかしその傍らに駆け寄ることは出来なかった。
　何故ならば、追いついて来た朝鳥さゆるのサーベルの猛攻に晒されていたからである。
　レッドは右に左に避け、時にその爪でさゆるの手足を裂きながらも、奇妙な感慨に耽っていた。
（ニンゲンとは……もっと弱く……脆いものだと思っていたが……）
　目の前のこの女から感じるのは弱さでも脆さでもない。感じるのは寧ろ。
（我ら悪魔や魔物に近き、強さ。なるほど……人間のくせに、おもしろい）
　レッドは耳まで裂けるかと思えるほど口角を上げて笑った。
　さゆるはその笑みに、悪魔的に冷たい眼差しで応えた。
　＜Stella cadente＞で反応速度が著しく強化されたさゆるの動きは、まるで機動力の高い戦闘機のよう。
　ジグザグ揺さぶる軌道でレッドに迫り、躊躇いなくサーベルの突きを繰り出す。
　レッドはそのサーベルの軌道をバックステップで避けた。
　後ろ足をバネに、狙うはさゆるの首筋。
　防刃仕様のハイネックシャツを着ているとはいえ、噛みつかれたらダメージが大きいと瞬時に判断したさゆるは、サーベルの柄を右手で、刃を左手で持ち、飛びかかってきたレッドの牙に噛ませて寸でのところで防ぐ。
「く……」
　ガチガチと耳元で刃と牙の打ち合う音。レッドの獣臭い息が顔の近くに吹きかかる。
　かなりの重みが両手に掛かる。刃を持つ左手の手袋から血がにじむ。

「朝鳥！　そいつを敵の真上で切り裂け！」

　夜海霧楓が小さな薬包を宙高く投げた。
　さゆるはレッドを蹴って引き離すとサーベルを振るって薬包を切り裂く。
　ぶわっと、さゆるにとっては覚えのある粉が、レッドに降りかかる。
　――ネムリグサの花粉。
　楓は千年茨の遺跡で入手した花の花粉を懐に忍ばせていたのだ。
　さゆるはすかさず鼻と口を手で覆って粉の影響範囲から身を引いた。
　さゆるの動きを見たレッドも危険を察して飛び退く。
　しかし、その敏感な鼻に、花粉が吸いこまれるのを完全に防ぐことは出来なかった。
（な、なんだ……？）
　くらっと眩暈のようなものを感じ、レッドは首を振った。
　歪む視界に、突如、赤く大きな花が映った。
　レッドはふらり揺らぐ意識のまま、大きな赤い花に飛びかかった。
「やっぱ動物は強いなぁ……ああ、動物や無くて魔物やっけ。けど、諦めるとは言ってへんよ」
　花、と思った柔らかく中性的な声の主は、伏見真。
　花は急に閉じ、代わりに耳障りな音があたりに響く。
　音は、真のミュージックプレイヤーから発されていた。
　耳を塞ぐことができないレッドは、無我夢中で牙を剥き、音の発生源を破壊すべく、跳ぶ。
　真は自分に飛びかかってくる虚ろな狼の目をじっと見つめた。
（怖い。けど、怖さよりこの貴重な体験が曲にいきるかと思うとゾクゾクする）
　――ああ、生きたい。
　彼はレッドが充分に自分に近づいたのを見計らって、自らの手の甲に口づけた。
　真のろっこん＜狐に嫁入り＞の発動し、周囲に、篠竹のように高密度の細かく強い雨が降り注ぐ。
　カーキー班の一同は、なぜ事前に真がカッパを着るよう促したのかを理解した。
　すべて、真の作戦だったのだ。
　局所的な『篠突く雨』。
　それでもここが、夏の寝子島であったなら、雪魔狼に然程のダメージはなかっただろう。
　しかしここは北極。
　息も凍るような極寒の地において、雨を直に浴びるとどうなるか――。
（凍ってまえばええし無理でも動きがにぶなればええな。きけへんでどうしよもないんやったら、大人しく受け入れましょ）
　そんな達観した思いで賭けに出る。

「たとえ魔物でも、生きもんのかたちしよるんやったらこの寒さでこの雨は堪えるんちゃう？」

　もちろん。
　真の予想通りだった。
　水分は湯気となってレッドの体温を奪っていく。
　ぐしょ濡れになり肌に張り付いた白い毛は、見る間に凍り付いてゆく。
　それだけではない。
　ネムリグサの花粉が、レッドを夢の世界へと誘ってゆく。
　レッドを舐め、温め、起こしてくれる仲間は、もういない。
　とうとう、レッドはその場に蹲り、瞼を閉じた。
　
　さゆるはレッドの傍に歩み寄ると、ゆっくりとサーベルを振り上げた。
（永遠とやらが欲しいのなら、簡単よ。無意味で無価値なものになればいいんだから。このあたしみたいに）
　血しぶきを浴び、さゆるは内心で無感情に呟く。

　――これが、レッドの最期となった。