＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）｜リアクション

＜零神探訪＞白の獄（ホワイト・プリズン）

●雪魔狼戦・４～矜持

　カーキー隊の目的が雪魔狼たちを足止めし湖に向かう調査班の方へ向かわないよう退けることであったとするなら、雪魔狼たちの目的は絶神を脅かす危険を排除することであった。
　冷静な雪魔狼のリーダー――仮に『レッド』と名付けよう――は、仲間の一部を対カーキー隊のために残すと、自分は青の色粉卵を浴びた仲間――仮に『ブルー』――とともに隊列を離れ、湖へと向かうゴンザレス隊へ目標を定めると全速力で駆けに駆けた。

「ちょ、嘘でしょ、来るわよ！」
　犬橇の上で振り向いたブリジット・アーチャーがバットを握る。
　こちらだってそれなりの速さなのに、狼たちときたら倍以上のスピードでぐんぐん近づいてくる。
　音海なぎさも念のためにと持ってきた星球式鎚矛を構え、臨戦態勢を取る。
「うわ……すごい牙。できれば戦いたくないんだけど」
「焔！　もっとスピードでない？」
「無茶言わないで！　ゴンザレスも犬たちもめいっぱい頑張ってるわ」
　手綱を握る神薙焔がブリジットに叫び返す。
　任せて、と振り向いたのは小山内海だ。
　手にしているのは、焼き鳥に使うただの竹串とペン。
　ペンで空中に線を引くや否や、そのラインに乗せて竹串を次々に射出。
　海のろっこん＜アクセラレイトライン＞はペンなどで空間に線を引くことで、描線の軌道に沿って物体を加速させるというものだ。しかも進化能力で一度描いた線の軌道を変化させる事も出来る。
　海が空中に引いた線の軌道を追いすがってくるレッドとブルーに定めると、ただの竹串は誘導されたミサイルのように弧を描き加速した。
　充分に加速した数十本の竹串が如何に凶器か、御想像いただけるだろうか。
　ぷつぷつぷつッ！　と軽く鋭い音を立ててレッドとブルーの眼前をかすり氷上に横一列に刺さる竹串！
　レッドとブルーは急制動で竹串に串刺しにされることは免れたものの、その場で一時停止を余儀なくされた。

　そこに虚空から突如現れたのは、黒いコートに美しき赤眼の少年。
　――＜斬空赤刃＞による転移で追いついたサキリ・デイジーカッターだ。

「相手は――僕だ」

　二刀流に構えたマチェットを振い、短距離の高速連続転移を用いた回避、撹乱、一撃離脱で狼を翻弄する。
　進化能力による転移直後の赤光化した刃で切り裂く得意戦術での攻撃に、レッドをかばいに入ったブルーの耳がスパンと割かれて吹っ飛んだ。
　手負いとなったブルーがサキリへの殺意を高める。
　なんとしてもリーダーを護ろうというブルーの心意気に、サキリの心も震える。
「そう来るか、ならば」
　サキリはブルーの頭上へ短距離転移した。
　サキリの靴は滑り止めのトゲの付いたスパイク。
　その棘靴でブルーの顔面を踏みつけるえぐい攻撃。
　飛びのくや、顔面を血まみれにしたブルーが牙を向いて飛びかかってくる。
　サキリは咄嗟に左腕を前に出して、ブルーの噛みつきを敢えて受けた。
　コートの下の腕には、軽量プロテクターを隠し装備している。
　ブルーの牙はサキリにとって致命傷には――ならない！
　フッ！
　鋭く右手のマチェットが空を切った。
　刃は左腕にぶら下がるブルーの心臓に深く突き刺さった。
　ブルーは、サキリの左腕に牙を突き刺したまま、一跳ね悶えた。
　しかしそれで、絶命した。
　サキリの胸に湧き上がったのは勝利の喜びではなく、戦い抜いたブルーへの敬意。
「きみと戦えてよかった」
　死ぬまで戦う気なら躊躇無く殺す。
　せめて狼としての誇り高い死に様を与え敬意を示す。
　それがサキリの矜持であった。