＜零神探訪＞千年茨の遺跡（グリーン・ルインズ）｜リアクション

＜零神探訪＞千年茨の遺跡（グリーン・ルインズ）

●鈴島：赤の回廊、ネムリグサ・その２

　夢をみていた。
　はじめは、夢だとわからなかった。けれど、すぐに気づいた。気づきたくなかったけれど。
　さゆるは白いシーツに包まれていた。
　窓からは朝日の白い光が差し込み、傍らに眠る男の背中を照らしていた。
　彼の名は片篠藍人。
　――藍人。
　名前を呼んで、ああ、と悟る。
　さゆると藍人をつなぐものは父殺しという凄惨な過去。
　そんなことなどありはしなかったかのように朝を迎え、普通に恋人として結ばれ満ち足りた日々を送っている……こんなものは所詮儚い夢だ。わかっている。現実には、最愛の人は今なお生死不明なのだから。
　夢の中。壁の方を向く彼の背中。輝く産毛にキスをする。
　そうすることで、もっと強い感情が襲ってくるような気がしていた。けれど、思いがけず心は冷静だった。
　どんなふうに心を動かせばいいのか忘れてしまったかのように。
　分かっている。
　ここは夢の中。
　彼が振り向く。彼の瞳、覚えている――？　

「――っは、っはあ……っ」
　頭から水をかけられ、さゆるは目を覚ました。
「大丈夫かい？」
　目の前には、片手で鼻と口をタオルで覆い、もう片方の手に水筒を持ったサキリの赤い瞳があった。
　厳しさと優しさが同居する瞳だった。
　仲間として信頼が置ける。そう感じさせてくれる瞳だ。
　けれどさゆるは感じてしまうのだ。心の奥の奥で。――それじゃあ満足できない、と。
「……ありがとう」
　水のしたたる髪をかき上げ、さゆるは冷静に状況を把握した。
「寝てしまっていたようね。花の花粉を吸い込んだのかしら」
「ご明察。さ、先に行って」
　サキリは自らの衣服を切り裂き、マスク代わりにとさゆるの口鼻を覆わせて先に行かせた。

　さて、もう一人。
　サキリは楓の頭にも残りの水筒の水をかける。
　楓もそれで簡単に目を覚ました。
「――っくしゅ！」
「おはよう夜海霧」
「ワリ、寝てた」
「幸せそうな寝顔だったよ。起こして悪かったね。夢でも見てた？」
「ああ。誰に邪魔されることもなく、興味のある本を見渡す限り大量に積んで読んでた夢だったぜ。全巻読破する前に起こされたのが本当に悔やまれる。――んな事してたら本体死んでそうだが」
「分かってるなら、立って。離れるよ」

　四十九院先生もまた、深く眠りについて、幸せそうな笑みを浮かべて横たわっていた。
　雪のように白い肌、血のように赤い頬や唇、黒檀の窓枠の木のように黒い髪。
　胸の前で両手を組んで眠る姿は、まるで毒リンゴを食べた白雪姫のよう……と言ったら言い過ぎだろうか。
　円と梨香が左右から四十九院先生を揺さぶったが、彼女はなかなか目を覚まさなかった。
「起きないよ。花粉を吸い過ぎてるのかなー？」
「運びましょう。手間取っていたら私たちも花の餌食になってしまうわ」
「ラジャー！」
　円と梨香は少々雑だが、先生の両脇を左右から持ち上げて、ネムリグサのエリアから引きずり出す。
「夜海霧君、何してるの？　早く！」
　楓はまだ花の中にしゃがみ込んでいた。
「ちょっとだけだ。すぐ行く。眠り粉が持ち運べるなら、敵に被せて使えねーかなと思ってな」
　楓は手帳の切れ端を広げ、花弁を揺すって花粉を採集した。
　いくらか集まると薬包の要領で五角形に折って懐に仕舞う。
　ぽんぽんと、懐を叩けば、梨香がまた焦ったように名を呼ぶ。
「夜海霧君！」
「大丈夫だ。今行く」

　こうして赤の回廊班は無事にネムリグサの試練を抜けた。
　眠る四十九院先生を見つけ、眠り効能のある花粉も手に入れた。
「先生、目覚めないね。僕がおぶっていこう」
　怪我がないか目視で確認。腕に軽い切り傷があるが、血は止まっている。
　袖を捲って手当てし、念のために桃木剣を軽く当てて僵尸化していないかも確認する。
　変化はない。大丈夫そうだ。
　サキリは四十九院先生を背負った。
　一行は先を急ぐ。