月に喚ばれし悪魔の群と、とある落神の願い｜リアクション

月に喚ばれし悪魔の群と、とある落神の願い

「っ……」
　竜から叩きつけられる千三百年の恨みがどういうものなのか考えようとして、立花深紺灯は瞼を固く閉ざした。竜の声に押し潰されて折れそうになる膝の上、ぎゅっと拳を握る。
「分かんない！」
　咆哮に押し潰されそうな胸をぐっと張る。膝を伸ばし背筋を伸ばす。
「あたしには、そんなの全然分かんないもん！」
　怒り狂ってみんなを傷つける竜の内心など分かりたくもない。深紺灯に判るのはひとつだけ。
(此処で止めなくちゃ猫鳴館も危ない)
　あの家に住む『家族』のみんなが危ない。
　髪に隠れるほどの小さな角が生えていることには気づかず、深紺灯は竜のもとへと駆ける。いつもより踏み込む力の強いことに驚きながらも、それが何故なのかを考える余裕は今の深紺灯にはない。
　誰かと喧嘩すらしたこともないけれど、
「あたしの方が怒ってるんだから！」
　頭を低くして吼える竜の真正面に少女は立った。咆哮が衝撃波に似て身体に殴りかかる。
「っ……」
　堪えきれない恐怖に唇を噛んだとき、
「食らえ、クリーチャー・ストライク・スマッシャァァァァ！」
　竜の咆哮さえ圧倒して、轟が、ザ・ストレイト／ストロングクリーチャーが横合いから飛び出した。跳躍の速度とろっこんの進化能力で強化したゴブリンの身体、己の身の全ての力を収斂させた右ストレートを竜の横っ面に叩きこむ。
　凄まじいまでの一撃を食らい、竜の声が途切れた。
　生まれた隙を狙い澄まし、リリエルの作り出した新しい武器を携えた夏朝とメリィが竜の足元に奔る。鋭い爪の腕を足場に蹴り、
「貴様達こそ、僕等の怒りを思い知れぇぇぇ！！」
「虎の子メリィは、――あたしたちは、負けない！」
　轟の一撃に逸れた顎下に夏朝は渾身の頭突きを、メリィは柊の爪ナックルの斬撃を食らわせる。電光石化の連撃に、竜の顎が上を向いた。
「来ないで！　帰って！」
　一瞬の無防備を逃さず、深紺灯は電気エネルギーを竜の眼を狙い放った。鱗も脆くなりはしているが、元より一番弱い箇所を撃たれ、縮まされはしてもまだ大きな竜の身体がとうとう地面に沈む。
　低く低く、竜は呻く。身体を縮小され散々に打ち据えられた挙句に片目を電撃に失い、それでも呪詛の言葉を撒き散らしながら、竜はその姿を薄れさせて行く。魔界へと撤退する。
「……おや」
　スライム秘月に溶かされた服の胸元を隠しもせず、子夜が小首を傾げる。
「私のも溶かされてしまった、様だね」
「わざとじゃないよ、本当だよ」
　子夜と志桜里、二人の胸の感触をスライム肌に直に感じて覚えた興奮を隠そうとして隠し切れず、秘月はちょっぴり溶ける。
「全部終わったら沙汰するわ」
　知らぬ間に溶かされていた胸元の服を両手で掻き合わせ、志桜里は猫が毛を逆立てるように怒りを露わにする。
「私が潰すまでは生きてなさいよ！」
「ぜんぶ、……全部か……」
　黒い水溜りのように半分溶けたまま、秘月は空を仰いだ。
　悪魔達が通って来た幾つもの白銀の月は、いつしか青空に消えている。強引に開かれた魔界よりの道は今回はどうやら一方通行、帰りは自分の力で戻らねばならないらしい。
「行きは良い良い帰りは怖い、……ってところか」
　興奮に任せて友人の服を溶かした己と、恨みを晴らすべく寝子島に来て散々な目に遭った悪魔を重ね、秘月はちょっぴりしみじみ呟いた。