足元に蒼く青く澄んで輝く地球を一瞥し、
テオ
はフンと短く笑う。空気も熱も存在しない宙を白靴下の前肢で掻き、静かな宇宙を灰色のハチワレ猫はついと飛ぶ。
鋭い眼差しを向けるのは地球の重力に囚われ続ける白銀の月の、ただ一点。
――テオさまー!
胸をよぎるのは、今はミルク色の猫のかたちした落神ミラのこと。
(あいつが寝子島に来たということは、)
浮かんだ
ミラの姿を押し包むように、どす黒い予感が胸を満たす。
「……くそ、封印は完璧だったはずだ」
ぐ、と奥歯を噛みしめ月を睨み、――気づいた。
月の地表に、小さな孔が開いている。それはまるで、月の内側から細い針で穿ち続け千年以上かけて噴き上がった毒の滴のような、深淵の闇色した孔。
「ッ?!」
猫の身が反射的に竦む。まずい、と口をついて言葉が出るよりも先、闇の穴の奥底に潜むものが黒く昏く、嗤った。
「てめえ……!」
喚いた次の瞬間、
テオドロス・バルツァは灰色猫としてのかたちを奪われ、空より落ちた。
夏の青空に月が輝いている。
昼下がりの太陽の光を圧するほどに禍々しく、煌々と。
「何だ、ありゃあ……」
滝原 レオンは夏草色の瞳を凝らす。一目見ただけで感じるフツウではない空に、冷たい汗が頬を伝う。
月は、ひとつきりではない。水平線に立ち上がる入道雲よりも手前にひとつ、太陽と並んで太陽より白銀に輝くひとつ。
「……何、でしょう」
薄野 五月は眼鏡越しの黒い瞳に白銀の月を映す。あの月が浮かんでいるのは、寝子島高校がある辺りだろうか。
「ええー、どう考えても普通じゃないですよねー」
三つ編みの髪を吹き寄せる生ぬるい風に揺らし、
屋敷野 梢は心底不機嫌そうに顔をしかめる。
夏空に響き渡っていた蝉の声がいつの間にか途切れている。代わりに聞こえ始めるのは、耳障りな笑い声。高く低く、くすくすと、ケタケタと、十の月から無数の嗤い声が降って来る。
「……ナニカ、来る」
輝く月に滲み始める黒い影を見て、
志波 武道は低く呻いた。一瞬、ほんの一瞬、月のように輝く光のずっと奥に獣のかたちしたナニカの影も見えた気がするけれど、今は――
ぎしり、空気が震えた。そう感じた次の刹那、五感全てを凍えさせる風のような、氷壁のようなナニカが身体を突き抜けて過ぎた。
身体の細胞を丸ごと作り替えるが如き風が過ぎた次には、風を追い、凄まじいまでの咆哮が島全体に響き渡る。
寝子ヶ浜海岸から聞こえて来た大咆哮に、皆、知らず耳を塞ぎ、
「っ……?!」
レオンがふと息を呑む。驚いたように大きく飛び退き、拳を固めて見据えるその先には、ぷるぷると震える灰色のスライムが一体。
「いいか、よく聞けお前ら。いつもの神魂の騒ぎどころじゃねえ」
ぷるぷる、ふるふる。灰色のスライムがぷるるんと響かせた聞き覚えのある声に、梢は思わず脱力する。
「……
テオ?」
「このままじゃフツウが壊される。ののこの望みが叶わなくなる。そうなれば、――」
続けかけて、テオは黙した。スライムの眼が見つけたのは、道に呆然と佇む学校帰りらしい
野々 ののこの姿。何が起こっているのか理解できず、不思議そうに空を見遣るののこの姿に、テオはスライムの肌を震わせた。
激しい動揺を示すテオの姿に、五月は思い至る。
「ここは、もしかしてテオさんが作り出した世界とかではなく……?」
「現実の寝子島だ」
五月に苦々しく吐き捨てるなり、テオはスライムの身に出来る最大限の速度で地面を跳ねる。
「どりゃー!」
「わあー?!」
叫ぶと同時、テオであるスライムはののこに全身の力でもってぶちかましをかけた。スライムの突進を受け、ののこはその場に頭から転ぶ。ごん、ととても良い音を立て、ののこは目をぐるぐる回して気絶した。
「こいつは俺が護っておく! お前らはこいつが目を覚ますまでになんとかしろ!」
「なんとかって……」
余裕のなさのせいなのか、テオのあんまりと言えばあんまりな力業に目を瞠ってから、武道は戸惑う視線を巡らせる。
「これを、何とか――」
ついさっきまで普通であった町並みのどこもかしこもが、普通の見た目でなくなってしまっている。
たとえば寝子島高校は絢爛豪華な劇場に。
たとえば寝子島駅はギラッギラでゴッテゴテのネオンが輝く歓楽街に。
「あっ、ああーっ?! 五月ちゃん?!」
「わあ、こずこずさんーっ?!」
不意に、梢と五月が同時に悲鳴じみた声をあげた。
「これっていわゆる下級モンスターってやつですよねー。さっきの変な風のせい?」
梢がムムムと唸って空を仰ぐ。月のようにも見えたいくつもの光は今はもう消えている。それでも、空に突如として開いたあの道を潜って現れたナニカが、この寝子島とその住人に異変をもたらしている。
「ほんと、どうにかしなきゃですねー」
こんにちは。阿瀬 春と申します。
この度はセカンドシーズンのホワイトシナリオ第二弾を担当させていただくこととなりました。とんでもなくどきどきしておりますが、がんばります。
薄野 五月さん、志波 武道さん、滝原 レオンさん、屋敷野 梢さん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
もしもこちらのシナリオにご参加いただけます場合は、ガイドに関わらずどうぞご自由にアクションをお書きください。
それではっ、詳細ですー!
ガイドのあらすじ
とある日、突如として空に開いた月のような光を放つ穴を通って何者かがやってきました。
異変を察知し、分身したミラがあちこちに顔を出して助言して回っています。彼女によれば、それは神魂と関わりのない『悪魔』であるとのこと。
ミラが言うには、
「各地区の悪魔たちを魔界に帰せば、寝子島はフツウを取り戻しますっ! フツウが戻れば、寝子島も元通りなのです! フツウのひとたちが見聞きした『フツウでないこと』もなかったことになります!」
とのこと。
寝子島の住人(PCさん)は悪魔の力により下級モンスターの姿に!
また、寝子島のあちらこちらも悪魔のイタズラでおかしなことに!
寝子島を救うため、悪魔たちに立ち向かい、フツウを取り戻しましょう――!
みなさんの姿について
PCさんたちは、悪魔よりも弱い下級のモンスターに変身させられてしまっています。
テオやミラの話を聞いたということにしても、寝子島の惨状を見てどうにかしなくてはと立ち上がったということにしても、どちらでも大丈夫です。
また、現状を夢と信じて楽しむことも出来ます。
※注意事項として
・持ち物はPCさんが普段から持っているものであれば問題ありません。ただ、武器や危険物などの強力過ぎるものは認められない可能性が高くなります。
・発動条件を満たせば、ろっこんも使えます。
・ほしびとさんは、星の力は使えませんが、星の力(虹)は使えます。
それでは、まず。あなたはどんなモンスターになってしまっているでしょう? ひとつだけ、お選びください。
▼スライム
ぷるぷるぽよんとしたゼリー状の身体の魔物。(色はご自由にお決めください)
ものを溶かす粘液を任意で分泌することが出来ますが、固いものほど溶解には時間がかかります。手足がないので物を持ったり運んだりはできませんが、物を味わうことは可能のようです。
▼コボルト
もふもふの毛に覆われた二足歩行する犬の魔物。(犬っぽさ具合はご自由にどうぞー)
犬のように嗅覚が鋭くなったり動きが機敏になったりします。
▼セイレーン
半人半鳥の魔物。(鳥化する部分はご自由にお決めください)
魅了の歌を歌うことができます。ただし、魅了効果は抵抗されると失敗に終わることも。
▼ゾンビ
動く屍。(顔色が違うだけだったり、ちょっぴり腐敗してたり、屍度合いはご自由にどうぞ)
少しの間であれば身体のどの部分が千切れても元通りにくっつけられます。が、ぶっちゃけ彷徨い歩くただの死体です。これと言った特技はありません。
▼ゴブリン
角持つ小鬼。(ひとの姿とそう変わりませんが、額に角が生えます。角の形状はお任せします)
身体能力が高くなります。力もすごく強くなります。
▼ドリアード
木の精霊。身体の一部が草木でできている。(木の種類や植物化する身体の部分はご自由にお考えください)
草木を変化させて武器や防具を作成できます。
悪魔のいる場所とアクションでできること
寝子島のあちこちにいろんな悪魔が現れては好き勝手しています。
暴れる悪魔と戦って倒したり、頼みごとを聞いて魔界へ帰したりしてください。
危険なものから案外楽しいものまで、悪魔によって難易度が違います。
選ぶ場所は1つだけにしてください。
【1】寝子ヶ浜海岸
ところどころマグマが流れ出たり爆発したりする溶岩地帯と化しています。海岸なので海はありますが、マグマが流れ込むので水際からはじゅうじゅうと湯気があがったりしています。
灰色の石巨人がいます。
拳が硬いです。とにかく大きいので、重たい一撃に注意! 石と砂で出来た身体は壊してもすぐに海岸の砂で修復されてしまいます。
身体のあちこちに硝子玉のようなものがぜんぶで九つ埋まっていますが、物理的に壊すことは不可能なようです。
硝子玉をよくよく見れば、映っているのは寝子島のあちこちに散らばって悪さをしている悪魔たちの姿。どうやら彼らが魔界に帰れば、厄介な身体修復機能は消滅しそうです。
「……壊ス。毀ス。主ノ再降臨ガ為、フツウ、壊ス。彼ノ忌マワシキ女神サエ絶望デ壊セバ……!」
<登場NPC>浅井 幸太(ゴーレム):よく分からないけど戦うぜ! 他の場所に行かせてなるものかと岩石製の腕を振り回して熱血中です。
【2】桜花寮周辺
高い石壁に囲まれた円型闘技場と化しています。闘技場の真ん中には、スライム化したテオと気絶したののこがいます。
紅色の焔竜がののことテオにのしのしと近付きつつあります。火を吐いたり、トゲトゲ尻尾とガッシリ爪とガップリ顎の攻撃が強力です。翼はありませんが、身体を覆う紅い鱗はとても硬そうです。力任せにぶちのめすことが出来れば、魔界に帰るようですが……
「我ガ主ノ千三百年以上ノ恨ミ、思イ知レェ! グォオオォォ!」
<登場NPC>テオドロス・バルツァ(灰色スライム):焔色の竜からののこ(気絶中)を護るべくスライム肌を懸命に逆立てていますが、テオスライムによるガードは長くもちそうにありません。
「いいかお前ら、ののこを護れ! それからののこにフツウじゃねえこの状況を絶ッッ対に見せるんじゃねえ!」
【3】寝子島神社
神社風の建物ではありますが、建て増しに建て増しを重ねた巨大で異様なビルのようになってしまっています。
中は木造や石造の廊下や階段や回廊で迷路のようになっています。
ケルベロス型の悪魔が何頭かいます。色んな犬種のようですが、どの悪魔も幼体です。
それぞれにキャンキャン泣きながら道をうろうろしています。どうやら外に出たいのに迷ってしまった様子。彼らを全員迷路から出してあげれば、あとは自分で魔界のおうちに帰るようです。
「ここに来たらこーんな迷宮がうわーって! ダダダダってできたー!」「いやー! いやだー! 魔界帰りたいー!」「この迷路から出られれば帰れるのにー!」
<登場NPC>:雨宮 草太郎(ドリアード):蔦のかたちした腕で小さいケルベロスを抱っこしてご機嫌です。一緒に脱出しようねワンちゃん、とか話しかけています。
【4】寝子島高校
絢爛豪華な劇場と化しています。
きらっきらの舞台の前には、ハイレグ水着な衣装にラメでキラキラな仮面をつけたセクシー(?)女悪魔が豪奢な安楽椅子に退屈そうに寝そべっています。後ろにはデッカイ鳥籠じみた牢屋が幾つも設置されています。牢屋の中にはなんかこう恥ずかしい格好をさせられたモンスターたちがぷるぷるしています。
「なんかァ、アタシを楽しませてェ? 音楽とかー歌とか劇とかー? 胸が掻き立てられるくらいに切ない恋の歌とか劇とかサイコーよねー。迷い込んできた子たちは全員縛っちゃう。羞恥に顔を真っ赤にする子とかサイコーよねー。あ、順番が来たら解放してあげるからね。満足できる舞台とかァ、カワイイみんなの恥ずかしい顔とかァ、そういうのをたくさん見たら、そしたら今日のところは帰ってあげるー、みたいなー?」
<登場NPC>野菜原 ユウ(コボルト):亀甲縛りされた上に猿轡を噛まされ牢屋の中に転がされています。順番待ちのようです。
【5】九夜山
普通の九夜山よりももっともっと鬱蒼と樹々が生い茂っています。陽も差し込まない暗くてじめじめして寒い森には、白い亡霊やスケルトンが恨めし気にうろうろしています。見つかると襲い掛かって来るかもしれません。
小さな金色蝙蝠姿の悪魔が地面で死んだふりをしています。
「金色のベルを知りませんか? あれがないとボク、帰れないんです。彼のお方と彼の忌まわしき女神が落ちて来たこの島に混沌と破壊撒き散らせって暴れてる奴もいるけど、ぼくは帰りたいんです。ねぐらで財宝に埋もれてだらだらしてたいんです」
<登場NPC>:久保田 美和(ゾンビ):九夜山をうろつく悪魔たちに見つかって追いかけまわされています。
【6】寝子島駅構内
駅構内が緋色の千本格子の遊郭じみた建物が並ぶ、奇妙な歓楽街と化しています。千本格子の内からは着飾ったセクシーな女悪魔がゆらゆら手招き。客引きの若衆悪魔がしきりと袖を引っ張ります。
古い町並みのようにも見えますが、建物の看板や屋根にはネオンがギラッギラのゴッテゴテに輝いています。
ぼったくられる可能性はありますが、それ以上の危険はなさそうです。
白鬚和装の悪魔爺が駅の構内で迷子になっています。駅の外に出ることができれば帰路に着くそうですが、放置しているとすぐにふらふらイカガワシイお店に入ってしまいます。
魔界には帰りたそうなので、遊びたいと駄々こねる悪魔爺を駅構内から出してやってください。ついでに魔界にいる悪魔婆と仲直りできそうなお土産なんかも探してあげてみてください。
「ええのうええのう、どれ、婆さんにお土産買ってってやるかのー。喧嘩した婆さんに渡す土産は何が良いかいのー? あとわしちょいと迷子なんじゃー、ぼったくられてお金もないんじゃー」
<登場NPC>:サンマさん(ゾンビ):何をするでもなくふらふらしてみたりぼーっとしてみたりしています。
【7】旧市街商店街
一見いつもの旧市街商店街と変わらないようにも見えますが、道の真ん中に何故かどどんとスタジアムのような巨大キッチンが出現しています。色んな食材も調味料も山盛りです。ただし材料はいわゆるゲテモノばかり。
コック服を着た強面のパンダ悪魔がキッチンと対面するテーブルにドカンと腰掛けています。
「ここいらのもんは何が美味い? ネズミの丸焼きか河豚の肝かトカゲの目玉か。食わせろ、とにかく美味いもん食わせろ。ただしオレ様が美味いと感じるもんを作れ。腹ァ膨れりゃ帰ってやんよ」
<登場NPC>七夜 あおい(ドリアード):覚悟を決めてキッチンに立とうとしています。
【8】ステッラ・デッラ・コリーナ
土塊に覆い尽された奇妙な建造物と化しています。
中にはランプが煌々と灯され、案外明るい雰囲気。夜市が開催され、屋台がたくさん並んでいるようですが、中にいるのはもふもふとした巨大毛虫の魔物ばかり。しかもお客がひとりも居ません。
売り物は蛍光する草花や毛糸、小瓶に入った光る胞子など、大した効果も危険もなさそうなものばかりですが、ものによっては触れた途端に昔見たどこかの景色の幻をその場で一度限り見たりするようです。
どの店にも真っ白な羽毛に包まれたデッカイ虫が店番をしています。なんだか寂しそうです。
もじもじ動くたくさんの手には硬貨ばかりを大切そうに持っています。お札は足元にポイポイ。みなさんがある程度買い物してくれれば満足して魔界に帰還するようです。
「かいもの、して……」
<登場NPC>永田 孝文(コボルト):本はなさそうだ、とそれでもどこか楽しそうに不思議な夜市を眺めて回っています。夢だと思っている様子。
【9】エノコロ岬
岬周辺部のみ、夜の帳に覆われた砂漠と化しています。星月が輝く白銀の砂漠には、星の光を写し取ったような様々の色の輝く砂粒がところどころに紛れています。触れても光は消えず、ただ、不意に寂しさを覚えるようです。誰かに会いたくなったり、懐かしい誰かを思い出したり。
翼持つ首無し馬がオアシスにいます。足元にはさまざまの色に光り輝く砂粒がたくさん。どうやら魔界に帰るためには光る砂を必要としている様子。
「翼怪我。帰宅不可。薬作成。材料不足」
<登場NPC>グレイグ・ドナハ(スライム):せめてドリアードになりたかった、としょんぼりだらーんとしています。
【10】星ヶ丘駅周辺
一見普通の星ヶ丘駅周辺と変わらないように見えたりもしますが、道を塞いでスタジアム風キッチンがどどーんと出現しています。
コック服を着た厳つい熊悪魔がものすごいスピードで色んな料理を作っています。洋食に中華に和食にお菓子、色んな食べ物があっという間にキッチンの前の大きなテーブルに並べられて行きます。
このエリアだけは他のエリアとは違い、剣呑なことはありません。めいっぱい食べて遊んで楽しむだけ!
「おう、ここいらのもんで色々作ってみたんだわ。食ってけ。なに、毒になるもんは入ってねえよ、材料はあのお方も一時居られたこの島のもんばっかりだ。食え、楽しめ! お前らが楽しけりゃ満足だー」
<登場NPC>:北風 貴子(セイレーン):気難し気な顔でひたすらもぐもぐしています。
それでは、普通でもフツウでもない大変なことになってしまっている寝子島でお待ちしておりますー!