茜空の向こう側｜リアクション

茜空の向こう側

◆進むべき道
　
　茜色、それは夕方を示す色。
　参道商店街で買い物を終えた御鏡聖は考え事をしながら帰り道を進んでいた。
　聖がこの島に来てから二ヶ月になる。
　巫女の修行はまだ始まったばかりで、頑張る事は沢山。
　それでも暮らしを楽しいと思える余裕は少しずつ出てきたようにも思う。
（ここへ来て良かったです）
　誰に思わされるわけでもなく、自らの意志でそう思えることはきっと尊い。
　自分が修行に励む神社の人たちは厳しい。
　けれどそれ以上に優しい。
　将来は自らの生まれた地、その地の神社の巫女として頑張るつもりだ。
　けれど、思うのだ。

（このままここに居ては駄目でしょうか……？）

　寝子島の心地良さを知った。
　厳しさと優しさに触れた。
　自らが直接触れるものに、染まっていく気さえする。
　そんな聖の耳に届いたのは鈴の音。
　顔を上げた聖の視線の先、橙が燃えていて、視線を釘付けにした。
　更に耳を掠める音。
（……童謡でしょうか？）
　首を傾げる聖と誰かとすれ違う。
　それは一瞬のことで、振り返るも誰もいない。
　居ないのは人、変わったのは景色。

「……ここは何処でしょうか？」

　見る限りは先程買い物をしていた参道商店街に見える。
　しかし光景は夜、灯る明かりは見覚えがないもの。
　ぼーっとして戻ってきてしまったのだろうかと思いながらも、何処か不思議な感覚。
　一先ずは、神社へ帰ってみよう。見慣れた場所なら、きっと何か。
　
　見慣れた道、けれど漂う不思議さ。
　悪い感じはしない。ただ、ただ不思議なだけなのだ。
　ぼぅっと遠くに見える人影。
　近づけば近づくほどにそれは鮮明になる。
　巫女服を纏った女性。
　ふわりと微笑む姿は何処か見覚えが。
「……あの、貴女は？」
「私は、　　　ですよ」
「えっ……」
　聖は言葉を失う。
　目の前の巫女は言うのだ――私は、貴女ですよ、と。
「……えっ、貴女は私ですか？」　
　落ち着いた雰囲気の女性が頷いて微笑んだ。
　それは嘘と疑うよりも早くすとんと、自らに降ってくる。
　本当のことなのだろう、そう思えてしまった。
　ぎゅっと自らの手を握る。
　目の前の人物が、未来の自分だとするならば、先程悩んだ将来のことが聞けるかもしれない。
　思い切って。もし聞けたなら、道も見えるはずと。

『私は将来どこの神社の巫女をしているのか？』

　けれど口にしようとしてたその瞬間に――
「それは、自分で決めることですよ」
　告げられてしまう。
　見透かされたかのように。
　優しく自らを見つめるその瞳を、そっと見つめる。
　この私も悩んだのかもしれない。
　むしろ自分が悩みぬいて決めた姿が、この人なのかもしれない。
（…それも修行なのかも知れませんね、）
　受け入れていく。
　目の前の人の視線はただ優しい。礼をして、いつか答えを出しますと約束して。
　振り返った聖の視線の先、見知った存在がちょこんと座っていた。
「あら……狐さん？」
　ハンカチの縁から続く、花の好きな狐。
　待っていたとでも言うようにそこに。
「迎えに来てくれたんですか？」
　聖の問いにひと鳴きして、道を示すように前を歩きはじめた。
　追っていく、その姿を。
　少しだけ軽くなった心と一緒に。

　さぁ、帰ろう。