三不管ノスタルジア｜リアクション

三不管ノスタルジア

　「大人しくしてろぉ！」
　チンピラの１人が飛び掛るようにバタフライナイフを振り上げる。
　「ふん！」
　体格によるリーチ差をを活かし、襲い掛かってきたチンピラの顔に拳を叩き込む。
　「げひっ！」
　だが、数に勝るチンピラはその隙にセルゲイにナイフを突き立てる。かろうじて腕や脚で胴体などの急所を避けるセルゲイ。
　「――」
　セルゲイは微かだが低い唸り声を上げる。
　「ああん、なんていったんだぁ？　降参かぁ？」
　勝利を確信したのかチンピラはナイフを突き刺したまま嗤う。
　「――手緩いと言ったんだ」
　彼の冷たい瞳が彼らを射抜く。両手両足から血を流したセルゲイの戦意は挫けておらず、逆に憤怒の炎に燃え滾っていた。
　「ひっ！？」
　チンピラの１人が恐怖に竦む。
　「――俺が怖いか」
　怯えたチンピラに視線を向けるセルゲイ。チンピラの恐怖を嗅ぎ取ったセルゲイはろっこん『テディ・メア』を発動させる。
　「――貴様らは間違いを犯した」
　セルゲイの体が異質な物に変容する。
　「な、な、なんだぁ！？」
　ただならぬ気配に他のチンピラも１歩、２歩、３歩と下がる。
　「――１つ、貴様らが俺を知らないこと」
　灰色熊の獣人の姿に変化したセルゲイが１歩。
　「――２つ、俺を殺すには武器も力も不足していること」
　２歩目。チンピラは凍りついたように動けない。
　「――３つ、家畜が獣を怒らせたこと……Умри」

　セルゲイの灰色の獣の腕がチンピラたちに振るわれた。それは容赦も躊躇いもない一撃だった……。

　腐った木材と泥水の匂いが入り混じった吐き気を催すような場所。四畳半よりもかろうじてスペースがあるくらいの室内。
　街路から差し込む光がかろうじて室内の一部を照らす。照らされるのは北欧人特有の陶器のように白い肌。ブロンドのサイドテールは静かに揺れて、灰色の瞳は無表情。
　ロシア生まれのナタリア・シシロヴァは、彼女を強姦しようと襲い掛かってきた男を逆に制圧していた。彼女は男に馬乗りの……すなわちマウントポジションの状態で見下している。
　「くっそ！　ガキだからと思って油断した！」
　半裸の男は自分の不運を呪うように毒づく。
　「ここは三不管……死ぬ覚悟は？」
　ナタリアは彼の口腔にエアガンを押し当てる。冷え切った彼女の声は無機質で無感情。肌蹴られた胸元は隠す気もないようだった。
　「そんな玩具で脅したって無駄だ！　女子供は大人しく大人の玩具になってりゃいいんだよ！　蘇聯の淫売め！」
　男は己の膂力で状況を打開しようとするが、両手は彼女の両膝と左手で押さえ込まれ、しっかりと体重をかけられた状態では足をばたつかせるか罵詈雑言を浴びせることくらいしかできなかった。
　「貴方は役に立ちそうにありませんね。Прощайте」

　バシュ。

　エアガンから空気が漏れる音。そして彼女のろっこん『アゴーニ』が発動する。
　男はびくんと大きく一度のけぞり、動かなくなる。

　静寂。

　「……」
　ゆっくりとナタリアは立ち上がる。着衣を直しながら思考を巡らせる。
　「この『ゲーム』の攻略の為には、現地の協力者を探さないといけませんね。ゲームマスターにはお礼をしてあげないといけません」
　そう呟くと、動かなくなった男には一瞥もせずに彼女は九龍の闇の中へと足を向けた。

　彼女にとってこれは攻略すべき『ゲーム』であった。