三不管ノスタルジア｜リアクション

三不管ノスタルジア

５.медведь и красный крыло（熊と赤い羽根）

　外見だけで言えばプロレスラーか何かと思われるほど筋骨隆々とした外国人の男と、健康的な雰囲気のブラウンのショートカットの女子が一緒に歩いている。
　男は……高校生と呼ぶには言いがたい風格もあるセルゲイ・ボスコフ。一方の女子はそばかすがチャーミングな鏡箕萌である。
　互いにそれぞれ九龍を彷徨っていたがトラブルに遭遇するよりも前に偶然合流できたようだった。
　「オー、中華の屋台寄ってこうヨ？」
　と、外見の威圧感に比べたら人懐こそうな笑みを浮かべるセルゲイ。
　「うう、ボスコフ先輩はそれでいいかもしれないっすけど、あたしとしては早く帰って寝たいっす」
　どうにも九龍の雰囲気や異臭に馴染めないでいる萌。セルゲイと合流していなければ萌のようなタイプはあっさりとトラブルの標的になっていたのは間違いない。
　「そんなこと言わずに。ホラ、揚げ物の屋台、ありますヨ？」
　のんきにセルゲイは屋台を指差して歩く。
　だが……。

　ミシミシミシ、ベキィ！

　そこだけ劣化していたのか腐敗していたのか分からないが彼が歩いていた木製の通路……とは名ばかりの下層の建築物の屋根を踏み抜く。
　セルゲイの右足が膝のあたりまですっぱりと埋まる。
　「Ой!」
　思わずセルゲイが声を上げる。
　「ボスコフ先輩大丈夫っすか！？」
　萌が驚いて駆け寄ろうとする。
　「大丈夫、怪我はないデス」
　近づかないようにと手振りで萌を制するセルゲイ。彼の黄色い瞳は眼鏡越しに萌の後ろを見つめている。
　「……？」
　セルゲイに釣られるように萌が振り向くとそこには複数人のチンピラのような男たちが通路を塞ぐように立っていた。彼らは萌とセルゲイを交互に値踏みするよう見つめている。悪意ある表情を浮かべながら。
　「あ、あのどちらさまでしょうか……？」
　たじろぐように萌は後ずさる。下がった分だけチンピラたちは距離を詰める。萌本人はまだ自体の危険性を理解していないらしく警戒はしつつも愛想笑いを浮かべている。

　バン！

　と、力強く屋根を叩く音。セルゲイが拳で屋根を叩いたのだ。足はまだ抜けていないが、萌とチンピラの意識を自身へ向けさせる意図があった。
　「逃げろ！」
　セルゲイは強く声を響かせる。
　「え、え？　でも！」
　萌は戸惑う。危険であるという認識ができていないことやセルゲイを置いていくということが彼女の判断を躊躇わせている。
　「Давай !　ダイジョーブ、早く行ってくだサイ！」
　もう一度、セルゲイが叫ぶ。その声はさっきよりも切迫した雰囲気を漂わせている。
　「あーもう！　わかったっす！　先輩も気をつけて！」
　それでもやはり逡巡はあったのか萌はセルゲイの顔を何度も見ながら、その場から走り去った。
　彼女を追おうとするチンピラたちがいたが、それをセルゲイは手を伸ばして留める。
　「ダメですよ？　俺の相手をしてくだサイ」
　笑みを浮かべてセルゲイは踏み抜いた足を引き抜く。

　「ああん？」
　「たった１人で何が出来る。図体がでかいだけのガキがよ」
　「足を踏み抜くような間抜けだ。さっさと剥いで金目のモノを貰おうぜ」

　チンピラたちはセルゲイを標的に定め、笑いながらそんな言葉を吐き捨てる。

　「――低俗な豚共め」
　眼鏡を外しながらセルゲイは、低く唸るようにそう呟いた。