夜の女帝号、洋上の宴｜リアクション

夜の女帝号、洋上の宴

●プロローグ、或いはエピローグ

「――なによこれ、偽物だわ！」

　夜の女帝（ナイト・エンプレス）号での＜巨大な月の指輪＞盗難事件の翌日。
　星ヶ丘のヨットハーバーに停泊する大型クルーザー≪Inferno≫で待っていた黒髪の美女――リンコ・ヘミングウェイは、此度の作戦でシーノに接触してきた顔ぶれを、とある雑居ビルの一室に案内した。
　部屋は四方及び天井を暗い色のビロードの布で覆われている。窓はない。リンコは猫足の円卓の上に、手にしていたキャンドルランタンを置いた。円卓を取り囲んでいるのは、シーノの連絡係を自称するリンコ、彼女に付き従う２人の黒服の男、それから此度シーノの誘いに応じた草薙龍八、空ノ音ノエル、双葉仄、桃川圭花の４人。彼らは、この会合の外で互いがシーノに関係する者だということを明かさない、という契りを結び、契約の証としてそれぞれ目元を白い仮面で覆っていた。
　いつもの緑のコートに身を包んだ龍八は、仮面越しに鋭い視線をリンコに向けている。
　金の髪のノエルは、目を閉じ、何を考えているかわからない。
　眼差しにまだ子どもっぽさも垣間見える仄は、高くふたつに結った髪を揺らして勝気そうに胸を張り、長身の圭花は、そんな仄の隣で腕組みをして微かな笑みを浮かべている。
　彼らの影はランタンの灯りで蠢く。ゆらゆらと。まるで、魔物が輪になりダンスしているかのように。
　リンコは、全員に椅子を勧め、自分もこれ見よがしに足を組んで掛けた。
　リンコに指輪を差し出したのは、仄だった。
　――そして、冒頭の言葉となる。

　龍八、ノエル、仄、圭花の４人は、リンコが偽物と断じた指輪を忌々しげに床に投げつけるのを、じっと押し黙って見ていた。指輪は砕けたりしなかった。なにしろ床には毛足の長い絨毯が敷かれていたのだから。
　黒服が指輪を拾い上げ、リンコはその間に気を取り直したようだ。
「さて……シーノのエージェントはそれぞれ独自に接触していたから、あなたたちがお互いに顔を突き合わせるのははじめて、ってことでいいのかしら。まあもっとも、夜の女帝号の船内では見かけもしていたんでしょうけれど」
　彼らは互いに顔を見合わせる。リンコはそれを肯定と見て取った。
「了解」
　リンコは深くため息をついた。それから黒服の男に飲みものを用意させた。
「安心して、ブドウジュースよ。あたしは失礼してワインをいただくけれどね。ええそう。話には飲みものが必要でしょう？　とくに長い話にはね……」
　リンコは黒服から先ほど投げつけた指輪を受け取ると、改めてランタンの灯に翳した。そうして、指輪越しに彼らひとりひとりに向けて微笑む。
「あらやだ、心配しないで。あなたたちを責めるつもりなんてないの。ただ聞きたいだけ。あなたたちがあの船でどんな冒険をしてきたのか。――さあ、飲みものが渡ったら話してくれるかしら。あの船の中で何があったのか……どうしていまここに、こんな出来そこないの偽物があるのか？　話して頂戴。あたしにも理解できるように、ね」

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