黒い指先　――三つ目の願い――｜リアクション

黒い指先　――三つ目の願い――

　雪見大福、篠崎響也、楪櫻、日暮ねむる、双葉仄、そしてアネモネ・アドニス、逆巻天野、桜井ラッセルも廃墟に到着した。

「これは……」
　男性が不得手なアネモネは表情を硬くしつつも、目の前の光景には胸を痛めずには居られない。寺で育てられた天野も、列を成す幽霊を哀れに思った。
「亡くなった方の霊だね、こんなにたくさん」
　こんな所で放置されているくらいだ、きっと良い死に方をしていないのだろうけれど。死んでまで、それに引き摺られる必要はないはずだ。

「……随分と……面倒な事になっているな。三下や犬飼の事も気にならないわけではない、が……。
　それ以上にあの子を、さとみを助けてやらねばならんな」
　櫻は低く呟き、決意を新たにする。両親を事故で失った櫻は、さとみの辛さも寂しさも、ある程度理解出来るつもりだ。そんな彼女だからこそ、さとみにも過去に縛られず、強く生きて欲しいと願っていた。
　もっとも似ているからと言って、過去の自分と重ねて感傷的になる事を、櫻はよしとしない。
（あの子にはあの子の人生がある。
　今の私が前に進めているように、あの子にもあの子の人生を進んでほしい。
　そのためにも、さとみだけは、何としても助けてやらねば）

「この時間、正直眠い……けどそんなこと言ってる場合じゃないよね。何か嫌な予感がするよ」
　言いながらも、欠伸を一つ。ねむるは、寝具店の一人息子だ。
　暇さえあれば寝ていたいという彼だが、ねこったーの噂が気になってしまい、うっかり口に含んだコーヒーも手伝って、寝付けなくなってしまった。
　ジニーから情報を分割で買い、タクシー使って現地に来てしまった。
「こんな所に、小さい女の子が一人じゃまずいもんね」
　どこか緊張感のない、ねむるに櫻が頷く。

「よお、雪見も来たのか」
　ラッセルはヘッドフォン姿の、見慣れた顔に努めて明るく声を掛けた。
「ん、桜井か。ガラじゃないけどさ……殺人は嫌だよ、俺だって」
「ああ、そうだよな。俺もだよ、必ず止めようぜ」

「……不恰好な葬送行進曲ってところか」
　幽霊の群れは認識出来ないものの、周囲の反応を伺い、響也は柳眉をしかめる。これまでの事件の事は、風の噂として聞いていた。
　正直、どう関わっていいのか迷う。神魂が起こした事件なら、もれいびである響也にも、無関係とは言えない。しかし心には、まだ葛藤があった。その判断の遅れが、やや到着時間に影響した。

「とにかく、私は未央と合流するぞ。
　家族の問題は家族で解決すればいいが、私が復讐するまでゴローを殺されたら堪らんからな」
　仄の復讐という言葉に、周囲はぎょっとした。
　ヘッドフォンを装着し、【リスニング】で流れる音楽に混じって、仄の心の声が聞こえた大福だけは平然としていたが。仄は先回の探索時、ゴローの【三つ目の願い】に操られた自分を恥じており、仕返ししないと気が済まなくなっていた。

（幽霊の声より、生きてる人間の声の方が大きくて、ちょっと聞き取り辛いな……）
　大福は幽霊の心の声を聞き、心に訴えかける話掛けを行うつもりでいた。意を決し、大福が前に出る。
「あ、おい雪見！」
「しっ！　ちょっと、静かにしてくれないか……集中出来ない」
　壁に身を隠しつつ、大福は幽霊達と距離を詰める。ジッと耳を澄ませば、幽霊達の声が聞こえない事もない。ゴローに操られた彼等は、朦朧と“命令”を頭の中で繰り返す。

「……？」
　突如。幽霊達のものに混じって聞こえてきた声に、大福は更に神経を研ぎ澄ます。
　奥。心の声は、奥のビルからも聞こえてくる。

　――怖いよぉ。迎えに来て、早く迎えに来て。

「子供……、さとみか？」
　大福の言葉に、櫻が真っ先に反応した。
「何？　私には聞こえなかったが、どこだ？　どこから聞こえた？」
「あそこ。地上2階だな、奥だ」
「わかった、私は急いでさとみの方へ行く。皆はどうする？」
「あ、僕も一緒に行くよ」
　ねむるが櫻の横についた。

「俺は犬飼を止めるつもりで来た、何か向こう見ずというか、極端過ぎる気がする……」
　芸術家の卵でもある響也は、卓越した感性を持っている。そんな彼は、未央の行動に胸騒ぎを感じていた。
（まさかとは思うが……）

「私も、ご一緒します」
　アネモネが今ばかりは、毅然と言った。
「僕も行くよ、さとみの事は頼む」
「俺も行くぜ」
　天野とラッセルも、未央の方へ向かう事に決めていた。

　よって、さとみの方へ、櫻とねむる。未央の方へ、大福、仄、響也、アネモネ、天野、ラッセルが向かう事となり、一旦そこで別れた。