黒い指先　――三つ目の願い――｜リアクション

黒い指先　――三つ目の願い――

●狂宴

「セブンの模倣犯……嫌なこと思い出したよ」
　情報を得、廃墟に駆けつけた新井米太郎は、得たろっこんの影響で、ささやかな日常すら奪われた、一人の少年・滝川龍平を思い浮かべた。彼がののこに手にかけようとナイフを手に迫った際、身を挺して防いだのは他でもない米太郎だ。
　その結果、米太郎は重傷を負った。そして龍平は連行され、帰らない。米太郎が優先するのは、自身の事ではなかった。これ以上、同じ過ちを繰り返させたくない。
　先を進んだ連中がそうしたように、未央を追う幽霊達はスルーし、ゴローの元へ急ぐ。
「ジニーさんから情報買ったら、オマケしてもらったけど、1ヶ月はTKG(卵かけ御飯)オンリーだね。
　……くっ！」
　青少年の血肉となる食事を代償に、ジニー・劉から買った情報のお陰で、米太郎は比較的素早く現場のビルを見つけ出す事が出来た。

「三下さんに接触して、二度とろっこんを悪用しないと誓わせなきゃ……。その為にも」
　足止めを食っている未央は、まだ追ってこれないだろう。
　しかし他にもゴローを憎む者、制裁を考えている者が、いないと限らない。
「殺害を阻止する！」
　ここから先は茨の道だろう、しかし米太郎は先を急いだ。

　同じくジニーから情報を現金購入した常闇月は、未央の下へ急いだ。
　月は、かつて人には言えない過去を持っていた。だからこそ、少年が手を汚す前に止めたい、止めなければならないと感じた。
　月の装備は黒で統一されている。黒い布で覆い隠した顔からは、鋭い眼光だけが覗く。後ろ暗い過去を示すように、背中には二本のコンバットナイフ。ホットパンツとニーソックスの間から除く、剥き出しの肌だけが、月の少女を主張していた。
　長いおさげ髪が、尾のように後ろで揺れる。
　そんな月に併走して来た者があった、ジニーに呼ばれてやって来た、氷華・クルバトフだ。
　ロシア人の混血の氷華は、小柄な月とは対照的に長身の女性だ。長いストライドの走り方は、生真面目な性格を反映してか、くせがない。銀色の髪を靡かせる彼女もまた、月と同じように戦う術を身に着けていた。

「あなたは？」
　只者には見えない氷華に、月は短く問う。対して氷華は、涼しげな視線を月に流した。
「劉さんに頼まれて来た。犬飼はおびき寄せるためとはいえ、無関係な人も巻き込んだ。
　あの少年も、三下ゴローと変わらない。だが……」
　氷華は息を落とした。
「私は犬飼の母親を、犯罪者の母にしたくない」
　ジニーには、ゴローを警察に突き出す算段があるらしい。ならば彼女は、それをサポートするだけだ。
「犬飼が追って来ているなら、止めさせてもらう」
キリっと前を見据える氷華の決意に、月が割って入る。
「お待ち頂けますか？　私の手は、すでに血で汚れている。
　彼が復讐を望むなら、私が代わりにゴロー氏を始末します」
「……！？　いや、待て。
　事情は知らないが、貴女が罪を重ねるというなら、それも本末転倒だろう」
「いいえ、未央君の手はまだ綺麗なままです。今なら、引き返せ、――！？」

　月の足が、縫い止められる。
　【замерзание（ザミルザ－ニイ）】。氷華のろっこんは対象を見つめて、凍れと念じる事によって発動し、対象の足を氷で覆う。
「悪いが。聞いてしまったからには、貴女を止めさせてもらう。三下は自首させる。
　だから、邪魔をしないでもらいたい」
「……自首。そんな事を、ゴロー氏がするとは思えません……」
　氷華の言葉に、月は懐疑的だ。彼女はこれまで世界の汚い裏側を、たくさん目にして来た。
「劉さんがうまくやる。時間をくれないか？」
　凍りついた足に目を落とし、月は少しの間を置いて、承諾した。