風鈴の誘い｜リアクション

風鈴の誘い

　制服姿の御巫時子が星ヶ丘の街並みを眺めながら歩いていた。
　チリン、チリリン。
　風に乗って涼しげな音が流れてきた。時子は足を止めた。片方の耳に髪を引っ掛けて聞き入る。
「風鈴の音？」
　洋風の邸宅に目をやる。風鈴を見つけることはできなかった。他のところに目を向ける。
　――どこかに黒電話があるのでしょうか。
　以前に起こった出来事を思い出しつつ、歩き出した。星ヶ丘寮に続く右手の道に向かって足を速める。

　右手に曲がると舗装された道は石畳となった。浴衣を着た人々がそぞろ歩く。両側には屋台が犇めき、威勢の良い声で客引きをしていた。
「お祭りで、夜ですか」
　時子は星空を眺めた。一歩を踏み出すとカランと音がした。朱塗りの下駄を履いていた。制服は淡い青地の浴衣に変化していた。赤い朝顔の柄が生地に映える。
「行きますか」
　慣れた足取りで人々の中に紛れていった。
　多くの屋台を順に見ていく。お面屋には小さな子供達の姿があった。懐かしさで立ち寄り、お多福の面を購入して側頭部に付けた。綿飴とリンゴ飴を次々に手に入れて祭り気分を味わう。
　ポンという音が耳に入る。斜め横を見ると射的屋があった。女の子がふらふらするライフルで的を狙う。後ろには父親らしい人物が腕を組んで控えていた。
「もっと右だ。上の方を狙え」
「うん、わかった」
　父親の指示に従って撃った。直後に仰け反るような姿で悔しがる。何度か撃つことで精度が上がった。最後の一発で会心の笑顔を見せる。
「お父さん、当たったよ！」
「よくやったな」
　受け取った景品をパチンと前髪に付ける。マーガレットの花の髪飾りは快活な女の子に愛らしさを加えた。
　――射的は得意なんですよ。
　心の中で打ち明けて時子は挑戦した。
　ライフルを構えた。標的となる景品を眺める。飛び立つ瞬間を模したような鳥の縫い包みが目に入った。
　自然に笑みが浮かぶ。
　――鳥さん、私とお友達になりましょう。
　翼の先端を狙って撃つ。当たって少し動いた。反対の位置に当てて後退させた。
「もう少しですね」
　左右の翼を狙い撃ちした。残りは一発、鳥の胴体に命中させた。踏ん張れず、後ろに転げ落ちた。
　時子は景品の鳥を両手で受け取った。にっこりと微笑んで紐の部分を帯に挟んだ。歩き出すと、チリンと鈴の音が鳴った。
　石畳の最後は盆踊りの会場に繋がっていた。提灯に彩られた櫓を囲んで狐の面を被った人々が躍っている。
　時子は鈴を鳴らしながら踊りの輪に加わった。見よう見まねで覚えて最後はすっかり周囲に溶け込んだ。
　朗らかに笑って盆踊りを堪能した。飛び入りで櫓に上がって歌う者には惜しみない拍手を送った。
　時子は踊りの輪から外れた。櫓を見渡せる場所に立った。
　――いくつになってもお祭りは心が躍りますね。
　優しい眼差しで感慨に耽る。
　涼しげな音がした。近くの暗がりから聞こえているようだった。
　時子は一点を見詰める。微かな光も見えなかった。急かすように音が耳に届く。
　時子は暗がりに踏み出した。両手を前に出してゆっくりと進んでいく。
　チリンと音がした。

　顔を下に向ける。ベストの胸ポケットに鳥の縫い包みが入れてあった。
「制服に戻りましたね」
　星ヶ丘寮に続く道に時子は戻っていた。頭にはお多福の面が付けられ、祭りの雰囲気を醸し出す。
「帰りましょう」
　踊るような軽やかな足取りで歩き出した。