風鈴の誘い｜リアクション

風鈴の誘い

　石畳が奥の方まで続いている。両側には屋台が犇めき、狐面を被った店主達が忙しない様子で動いていた。
　朝鳥さゆるは乏しい表情で眺めていた。一度、自身の姿に目を向けた。
　紺地に水仙の花をあしらった浴衣を着ていた。長身の麗人のさゆるに合わせたようなデザインであった。
　背中を風に押されるかのようにふらりと歩き始める。同性は自然に道を開けた。容姿を比べられたくないのか。恥ずかしそうな顔でさゆるから遠ざかっていた。
　反対に若い男性が締りのない顔で引き寄せられる。
「一人なら一緒に回らない？」
　さゆるの足は止まらない。男性の姿が見えていないかのように通り過ぎた。
「あなたの美しさに一目惚れしました」
「俺達と遊ばない？　ライトな感じで」
「悪漢がどこにいるかわかりません。私にあなたを守らせて下さい」
　全てが存在しない者で処理された。
　さゆるは表情を変えずに歩き続ける。
「そこのクールなお姉ちゃん、射的はどうだい？　スカッとするよ」
　何気なく横手に目をやる。狐の面を被った店主が呼び掛けてきた。
「いくらなの」
「五百円だよ。お姉ちゃんは飛び切りの美人だから弾を少しおまけするね」
「そう」
　悩む間もなく話に乗った。
　さゆるは無造作にライフルを構えた。
　一発で落とす。喜びを露わにすることなくコルクの弾を銃口に込める。
　トリガーを引いた直後、小さな指輪が落とされた。
「え、あの、お姉ちゃんは何者？」
　店主の声を無視して撃ち続ける。
　必中であった。小さな的を次々と撃ち落としていく。
「か、勘弁してください！」
　店主は深々と頭を下げた。後頭部が見えるくらいの低姿勢で頼み込む。
　さゆるはゼリンの縫い包みを手にした。
「あなたは命の恩人です！　ありがとう、ありがとおおお！」
　店主は涙声の感謝でさゆるを見送った。
　ふと目に付いた屋台に近づく。
「これを」
　さゆるはケースの中の一本を指差した。
「はい、ビールね」
「違うわ。その横のコーヒー」
「ああ、そうか。酔い覚ましに飲むんだね」
　さゆるは無視して紅茶を買い入れた。
　飲みながら歩く。適当に屋台に立ち寄って腹を満たした。
　周囲に恋人の姿が多く見られるようになった。指を絡め、腕を組む。目立たないところでは唇を重ねた。
　冷めた目でさゆるは見ていた。僅かに唇が開く。
「藍人と普通の恋人だったら……」
　不意に出た唇に指を当てる。自嘲気味に笑って軽く頭を振った。人気の少ないところに足を踏み入れる。
「あり得ないわ、そんなこと」
　明かりに背を向けた。全てを塗り潰すような闇へと歩いていった。

　軋む音が頬に伝わる。
　さゆるは全裸でベッドに寝ていた。瞼は開いていた。殺風景な部屋を焦点の合わない目で眺めていた。
　身体の下敷きになっていた手を引き抜き、顔の前の物体を掴む。蓋の空いた小瓶から白い錠剤がベッドに零れ落ちた。
「役立たずの睡眠薬ね」
　無造作に手を振った。小瓶は床に打ち付けられ、部屋の隅まで転がった。
　不貞寝するような姿を見て微かに笑う。
「寝たいのはこっちよ」
　両手を使って上体を起こした。シーツの上を滑るように回ってシャワールームへと向かう。
　床にはゼリンの縫い包みが置いてあった。軽く蹴飛ばすと取り付けられた鈴が鳴った。
　夜の夏祭りに誘った風鈴の音に似ている。
「どうせ連れて行くのなら藍人の……なんでもないわ」
　さゆるは酷薄な笑みで言葉を切った。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

風鈴の音が誘う夏祭りを楽しんでいただけたでしょうか。
屋台は活況に沸きました。たこ焼きと焼きそばが覇権を争いました。
景品を獲得できる射的は花形でした。持ち帰った物はアイテム化が出来ますよ。
金魚すくいも人気がありました。大事に育ててくださいね。
マスターコメントにない屋台が登場して場を盛り上げました。
主役を支える脇役として飲み物が地味に頑張りました。

それと櫓を囲んだ盆踊り。飛び入り参加の歌。夏が凝縮された一夜となりました。
規模としては小さいと思いますが、ご参加いただいた皆さんのおかげで、
夏祭りは成功の内に終わりました。ありがとうございました。

今年の夏は夏祭りや花火に縁がない私でした。
ですが、リアクションの執筆で堪能しました。
皆さんと一緒に賑やかな祭りを楽しみました。
来年の夏には私も、おや、何か聞こえるような……。

チリン、チリリン。

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