猫又川の狐化かし｜リアクション

猫又川の狐化かし

「それじゃ甘すぎるんじゃないかな？」
　新たにやってきた青年の声に、その場にいた者たちが振り向く。見ない顔だった。高校生ではない、大学生だろうか？　その大学生と思しき青年、刻人・F・ミセリアは柔和そうな顔ににこにことした笑みを浮かべながら化け狐の捕り物現場に近づいてきた。握利平や八神修の横を過ぎ、へたり込んだ狐の前に立つ。そしてその外見からは予想もつかない素早さで、狐の首に手をかけ、立ち上がらせて木に押し付けた。
「なっ、君、何を!?」
逆巻天野の声にも振り向かず、刻人は自分のしたいことだけをやり続ける。
「いたずら狐の最後は、どんな風にしようか？」
首を締め上げられて、狐はぱくぱくと口を動かし、目をしばたたく。宙に浮いた足がむなしくばたばたと動いた。喉を戒める刻人の手首をつかみ、長い三本の尾で殴りつける。
「なんだい？　君の尾は力の源じゃないのかな。こんな使い方していいのかい？」
はっしと尾の一本をつかむ。動きを封じた尾を刻人がじっと見つめる。と――たちまちふっくらとした狐の尾がしぼみ、毛がばらばらと抜け、ねじれ始めた。狐は押さえつけられた首を中心に、体がねじ切れんばかりに苦しみ悶え、暴れ回った。
「やめろ……ああああっ、やめ、やめてくれっ！」

「待て！」
　刻人の処刑を制するべく駆け寄ってくるのは、双葉仄だった。
「そこまですることはないだろう。殺してしまっては罰にならん」
「ん？　さすがにまずいかな」
刻人は仄に諌められ、驚くほどあっさりと手を離す。しなびた狐の尾は、次第に元に戻っていった。
「うーん。年下の子にお説教されるなんて、僕って情けないね」
「分かってくれればいいのだ。こやつにはそれなりの罰が別にあるはずだ」
そう言って仄は、幻影破りのために大人から借りた、火のついた煙草を狐に差し向ける。煙がかかっても、もうよける気力もなくぐったりとしている。
「貴様……俺の幻を解いて回っていたな。なぜ狐化かしにかからない」
「ああ、そんなことか」
仄はけろりとして答える。
「お前の幻術は単純すぎる。失ったものを見せれば誰もが動揺すると思うなよ。私の前には両親が現れたが……すでに決別した者たちだ。こんな場所で出会うわけがないだろう？」

「くっ……何なのだ、お前たちは！　最近の若い者は！」
ぼろぼろになりながらも、化け狐の矜持と言うものがあるのだろうか。狐は心底悔しそうに目の前のもれいびたちに吐き捨てる。
「見よ、この尾を。俺こそは齢九十を数えたる古狐よ。完全な妖狐となるのも遠い話ではないのだぞ」
「でも、結局は獣だよね。獣は獣らしく、人間に逆らわない方がましな生き方ができるんじゃない？」
刻人は言いたいことだけ言うと、さっさと帰って行ってしまった。
（こんなに人がいちゃ、思うように『狩り』なんてできないからね）

「その古狐様に、説明してもらおうじゃねぇか」
「そうだな。おっさんをこんな目に遭わせ続けたのはどうしてだ？」
毒島柘榴と神無月文貴が、そろって足を踏み出す。間には二人に抱えられてようやく意識を取り戻したばかりの『化かされおっさん』がいた。柘榴と文貴は、そっと男を地面に降ろし、座らせる。重そうに体を起こし、ひざ立ちになって這い寄って、男は化け狐の少年に向かい合った。
「久しぶりだね。こうして、会うのは」
狐はあきらめたような、複雑な表情で男を見つめた。