【しあわせの鐘】

　きょろきょろと、万条 幸次はあたりを忙しく見回しながら、シーサイドタウンの街中を歩いています。
「うーん。見つかるかな……」
　手にはなにやら、小さな紙箱を提げておりました。
　らっかみのミラが誕生日であると聞きつけたその日、幸次はあの愛らしい白猫の姿を探して、島のあちこちを巡っています。
「いつもお世話になってるからね。猫の誕生日をお祝いするって、初めてだけど……」
　寝子島でもれいびとして暮らすなら、不思議現象あれこれと関わらずにはいられません。
　そんなふうに奇妙な事件に巻き込まれた時、このところはあの不愛想なテオに加えて、可憐で華やかな白猫も顔を見せてくれます。もれいびたちの毎日は、ますます賑やかで華やかになりました。
　だからこそ。いつも前向きでがんばり屋なミラの誕生日を、お祝いしてあげたい！　猫好きな幸次としては、そのように考えたというわけなのです。
　ただ……相手は小さな猫いっぴき、おまけに神出鬼没ならっかみでして、会おうと思ってもカンタンには会えなかったりもします。
「いないなぁ……これは無駄になっちゃったかな？」
　手に提げた紙箱を気にしつつ、幸次はあっちを探してはうろうろ、こっちを探してはふらふら。
「いつも急に出てくるし、見つからなかったどうしよう……、！？　っと思ったらいた！」
「あら、こんにちは♪」
　ようやくにしてミラの姿を見つけた時には、嬉しくなって、思わずゆるゆるのお顔になってしまった幸次でした。



　ミラはエノコロ岬の南端付近、定番のデートスポット『恋猫の鐘』のそばで、友人たちとおしゃべりに花を咲かせておりました。
「やあ、万条も来たんだな」
「いらっしゃーいなのです！」
　八神 修と椿 美咲紀がどうやら、恋にお悩みのミラをここへと連れてきた……といったところのようです。
　幸次は手を上げて、
「やー、みんなでコイバナって感じ？」
「そうなんです、おふたりにお話を聞いていただいてたんです！」
「テオがいかにクールでカッコイイ猫かってことを、小一時間ほどな」
　修は苦笑いしましたけれど、その顔は満足そう。楽しんでいるようです。
　と、美咲紀が幸次の持っている紙箱に気づいて、指差しました。
「それ、なんですか？　ケーキの箱？」
「ああ！　そうなんだ。ミラは６月が誕生日って聞いて、プレゼントでもって思って」
　幸次がぱかっと箱を開けますと……中から現れたのは、小さいけれどとっても美味しそうな、ミニケーキ！
「わあ、可愛いです！　これを私に？」
「うん。猫でも食べられるケーキだから、安心して食べていいよ」
「嬉しいです……！　ありがとうございます、いただきます♪」
　ミラは先ほど、修や美咲紀と猫カフェでスイーツをいただき、さらには修からオヤツのニボシまでもらっていましたけれど。猫でもケーキは別腹なのでしょうか？　ためらうことなく、ぱくぱくとミニケーキを食べ始めました。
「猫の神さまだから、プレゼントってこれでいいのか分からなくて迷ったけど……お、おいしい？」
「はい、とっても！　美味しくって止まりません～」
　ぱくぱくぱく！　幸せそうにケーキをほおばるミラを眺めて、三人でほわわ～んと和みつつ。
「……最初に野々さんが落っこちてきてから、何人か、神さまにも出会ったけど。こう、みんな自分勝手なところがあってさ。偉そうだったりして、地上の人たちのことなんて、利用するばっかりなんじゃないかって。そんなふうにも思ってたんだけど……」
　幸次の口からは、なんとはなしに、言葉が滑り出しました。
　もれいびだって、いろいろです。特に疑問もなく言うことを聞いてくれたり、フレンドリーに対応することもあれば、時には首をひねってしまうこともあるでしょう。幸次にもちょっぴり、思うところはあったようでして。
「って、ごめん！　テオのことを悪く言ったつもりじゃないよ、あの人……あの猫だって苦労したり、大変な思いはしてるんだろうし」
「ふふっ、分かってますから大丈夫ですよ♪」
　ぺこりと頭を下げた幸次に、ミラはほわりと微笑みます。口のまわりにはクリームがついていて、幸次も笑ってしまいました。
　美咲紀に口元を拭ってもらうミラへ、幸次は言いました。
「ミラは、ちょっと違うなって思ってて。自分の持ってる能力を活かして、人助けをしようって一生懸命で……そういう姿は、絶対ウソじゃないよ」
「な、なんだか、そんなふうに言われると……照れちゃいますね」
　ぺろりと舌を口で舐めたのは、照れ隠しでしょうか。
　ともかく、幸次が伝えたかったのはつまるところ、感謝の気持ちでありました。
「だから……これからも、よろしくね。それと、ミラにひとつお願いがあるんだけど……」
「なんでしょう？　私にできることなら、なんでもお手伝いしますよ！」
　意気込むミラに、幸次はぱちん！　と手を合わせまして。
「ちょっとだけ、撫でさせて！」



　同じくミラを探していた、綾辻 綾花と恵御納 夏朝。
「あっ、いました！　見つけました！」
「こんにちは、ミラちゃん……！　みんなといっしょだったんだね」
　猫好きとしてのカン、あるいは常に鋭敏に張りめぐらせているにゃんこセンサーの働きとでも言いましょうか。ふたりもズバリお目当ての白猫を探し当て、こうしてお誕生日のお祝いにやってきたのでした。
　ベンチで幸次に撫でられてうっとりしていたミラは、ひょいっと顔を上げて、
「わあ、今日はお客さまがたくさんです。賑やかで嬉しいですね♪」
　楽しそうにしている白猫ちゃんを見るのは、この場に集まったみんなにとっても幸せです。自然とほんわか、和んでしまいます。
「ミラちゃん、お誕生日おめでとう……！」
　夏朝のプレゼントは、久保田先生や校長先生にもプレゼントした、傘猫のキーホルダー……を、ミラのためにちょっぴりアレンジ。スカーフに、キーホルダーを迷子札風に付けてみました。
「クッキーもあるから、食べてね」
「かわいらしいキーホルダー……！　テオさま、似合うって言ってくれるでしょうか？　ふふふ♪」
　しっぽを大きくゆっくりと、ふりんふりん。
　ご機嫌なミラの前に綾花が用意したのは、定番のブランド猫缶『ササミだにゃん』と、綾花特製ブレンドのカリカリです。
「私からは、これです。いっぱい食べてね」
「ありがとうございます！　今日は美味しいものがいっぱい食べられて、幸せです～」
　猫カフェのスイーツに幸次のミニケーキ、夏朝のクッキーに綾花の猫缶＆カリカリと、ちょっぴり食べすぎ？　な気もしますけれど。
　なにしろ、年に一回のお誕生日です。こんな日もありですよね！
　その後、おなかいっぱいになったミラを綾花と夏朝、美咲紀でかわりばんこで膝に乗せ、思う存分になでなで。綾花は慣れた手つきで、きれいにブラッシングもしてあげました。
「ふにゃあ、気持ちいいです～……そういえば、気になっていたのですけど」
　ふとミラは、前足で『恋猫の鐘』を指して尋ねました。
「あの鐘は、なにか言い伝えやいわれがあったりするんですか？」
「ああ。恋人や好きな人といっしょに鳴らすといいことがある、って言われてるみたいだな」
「でも、ひとりで鳴らす人もいるみたいなのです！　恋愛祈願の鐘みたいな？　ミラちゃんも鳴らしちゃいます？」
　修と美咲紀がそう言うと、ミラのぱっちりおめめがきらきらきら！　輝き始めます。
「私も鳴らしてみたいです！　テオさまとの恋愛成就祈願を～！」
「はは、じゃあみんなで鳴らそうか」
「らっかみさまが鳴らすんだから、ご利益あるかもしれないね」
　いたずらっぽく言った幸次に、ミラはくすりと微笑みます。
「ふふふ、どうでしょう？　皆さんにも幸せが訪れるよう、いっぱいお祈りしておきますね！」
　その日みんなで鳴らした鐘の音は、なんとも爽やかで、心地が良くて。天へと願いを届けるかのように、エノコロ岬から海の向こうの空へ、遠く響き渡っていきました。