海の家『みなとねこ』の一日　《夏の準備編》｜リアクション

海の家『みなとねこ』の一日　《夏の準備編》

「この子で最後なのです？」
「最後だよー」
　寛ぐ猫たちに埋まるエロを心底羨ましく思いながら、夏朝は船底に最後まで居座っていた猫を抱いて簾の影に入り込む。
『おつかれさま』
　スケッチブックを片手、掃除用のホースを片手、海が笑顔を覗かせる。風呂場の端にあった掃除用具入れから引っ張り出してきたホースを湯舟の影にある水道の蛇口に捻じ込めば、掃除の準備は完了。
「こんなところかしらね」
「そっすねー」
「そうだな」
　湯舟の底の古い空き缶やビニール袋を集めてゴミ袋にまとめていた紫と幽が頷きあう。大きなゴミを集めた後は、ふわふわと舞う猫の毛や砂を箒とちりとりで丁寧に掃き集め、ついでに排水口の詰まりを取り除く。
「よし、退避！」
　箒を手にした刀の号令に合わせ、紫と幽が湯舟から出る。それぞれ梯子の上に立ち、待ち受ける海に退避完了とばかり手を降る。
　紫と幽の合図を受けて、海は笑った。ホースの先を湯舟へと向ける。
(作戦開始！)
　降りて待機する刀に手を振る。心得たと刀が蛇口の栓を力いっぱい開けば、冷たい水がホースの先から飛び出した。一通り水で湿らせたところに、刀が濡れた湯舟に裸足で入り、掃除用の重曹を満遍なく振りかけて回る。
「しばらく置いてからブラシでこすれば良いよな？」
「はーい、ガシガシ擦るっすよー！」
　掃除用具入れで見つけたデッキブラシを掲げ、幽が張り切って返事をする。青空の下、足元に水を感じながら掃除をするのは意外と楽しい。
「プール掃除の経験が風呂掃除にも活かせるとはって感じっすねー」
　学業の傍ら色んなバイトに手を出している幽は、もちろんプール掃除の経験もある。慣れたもの、とまではいかないかもしれないけれど、それでもやっぱり、初めてよりは慣れたもの。
「あ、滑らないように気を付けてくださいね！」
「おう！」
　言った瞬間転びかけてぐっと踏ん張り、刀は照れくさそうに笑った。
『よーし、ちゃちゃっとキレイにしちゃおう』
　海がスケッチブックを掲げる。水で濡れている間、つまり掃除している間は猫たちも湯舟に戻っては来ない。
　刀と幽がデッキブラシ、海と紫がスポンジを使い、放置されている間に生えた苔やこびりついた汚れを丁寧に落としていく。
「一回流すよー」
　懐かれた猫に足元に纏わりつかれながら、なんだか幸せそうな顔の夏朝がホースで一度重曹を洗い流し、残った汚れは再度重曹を使って洗う。それでも落ちない汚れは、トドメとばかりに洗剤を使ってみんなでごしごし擦って落とす。
「出来る限り綺麗に！」
「そうね、湯舟は綺麗なものに限るわ」
　刀の言葉に、額から頬を伝う汗を首に巻いたタオルで拭い紫が艶やかに笑う。
「だよな」
　平然と頷く表情の裏、大人なお姉さんの温泉入浴シーンをうっかり想像して、刀はムッと唇を引き結んだ。
(……ムッツリ刀なんだから)
　剣術一筋でありながらそれでもやっぱり年頃の男子であることをよく知っている海は、刀の表情から刀の内心を読み取ってちょっと頬を膨らませる。
(もう！)
　ぷいと顔を背け、梯子から降りる。簾の影の猫たちの秘密基地に潜り込む。にゃう、と脛に寄って来る猫を撫で、猫たちの隙間に座らせてもらう。
(ごめんね、ここ使わせてもらうからね)
　掃除を終えたら早速温泉をはろう。広い湯舟にお湯が溜まるまで時間はかかるだろうけれど、その間にできることもある。そうして身体をめいっぱい動かした後はあったかい温泉に入ろう。
(疲れを癒すには最高だからね、温泉は)