しいたけ！｜リアクション

しいたけ！

【しいたけに寄せる想い】

　蝶が飛んでいた。
　怪人しいたけの頭上を、ひらひらと舞う蝶がいた。
（また変質者が現れたんですねー）
　蝶は、ろっこん『胡蝶の夢』によって姿を変えた屋敷野梢だ。
（きのこというより、あれはしいたけですねー。びっちり生えてますよー）
　きのこだというだけで、怪人に親近感を抱く梢だった。
　名前の真ん中をピックアップして、小学生の頃は梢もキノコと呼ばれていた。
（とはいえ、これはもれいびでしょうか－？）
　もしくはただの変態か。
　はたまた、熱烈にしいたけを愛している人物なのか。
（キノコ系キャラでも目指しているんでしょうか。まあ、キノコ好きに悪い人などいませんからねー）
　毒のあるキノコもあるが、それは知識もないままに口にして毒にあたる方が悪いのだと梢は考えている。
（だってキノコは無実ですから。キノコ　イズ　ムジツ！！）
　梢が眼下をうろつく怪人しいたけを観察していると、どこからか地を這ううめき声が聞こえてきた。

「ぐをぉぉぉぉ～……ぅ、具をくれぇ～……」
　ぐうぅぅぅ……、ぐをぉぉぉぅ……と、切実な響きの声がとどろく。
「ぐをぉぉ、おにぎりのぉ～、具をぉくれえぇぇぇ……っ」
　声の主は、お腹をすかせた握利平だった。
　背中には、謎の風呂敷包みを背負っている。
「おにぎりぃぃ、具がぁ、具がないぃぃぃ～！」
　利平は既に一週間、白いおにぎりを食べ続けていた。
　おにぎりは美味しい。
　おにぎりは素晴らしい。
　だがしかし。具のないおにぎりにはもう飽き飽きしていた。
「具を買う金がねえんだよ～！　ワラビでもムカゴでもいい、ぐをぉ、具をくれぇ～！」
　具があれば勝てる気がする。
　具があれば、世界はもっと輝く気がする。
　具があれば。具さえあるならば！

　そんな利平が見つけてしまった。
　声の主を探して立ち止まっていた怪人しいたけの、全身を埋め尽くす神々しいまでのしいたけを。
「ぐわぎゃあぁぁぁっ……！　ししし、しいたけぇ～……！！」
　利平は奇声を発した。
　よだれをまき散らして、怪人に飛びかかる。
「ぐぅ～！　具だあぁぁ！　しいたけだ、網焼きだ、煮付けだ、佃煮だあぁぁぁ！！！」
「ふぎゃあ！　怖い～！」
　飢えたケダモノの雄叫びを間近に聞いて、怪人は逃げ出した。
「待ってくれ、行かないでくれぇ～、しいたけを、俺にくれぇぇ～……」
　利平は足をよろめかせて、涙をこぼした。
「ぐはぁぁ、腹が減って、力が……出な……い」
　これほどの悲劇があるだろうか。
　地面に倒れ伏した利平は、土に染みこんだしいたけの残り香を胸一杯に吸い込んだ。

（ふむ。確かに、しいたけは傷むのが早いですからねー）
　再び怪人の後を追いながら、梢は考えた。
　しいたけは新鮮なうちに食すべきだと。
（ふふふ。今夜はしいたけづくしですよー！）
　先ほど、利平から逃げるときに悲鳴を発したということは、しいたけの垣根の向こうには本体となる人間の姿が隠れているのだろう。
（キノコは従属栄養生物ですしね、本体は、しいたけに蝕まれているんでしょうかー？）
　もしかして、新手のダイエットなのかもしれない。
（しいたけダイエット。……新しいですねー）
　えいっと、梢はろっこんを解除した。
　走り疲れたのか、怪人が講堂の壁にもたれて呼吸を整えている隙に、背後でそっと人の姿を取り戻す。
（こっそりこっそり、いただきまーす）
　怪人の背中に手を伸ばし、しいたけをひとつもぐ。
（おおー）
　どこから見ても、立派なしいたけだ。
　しいたけを収穫されたことに気づいたのだろうか。
　梢が次のしいたけに手を伸ばしたとき、振り向いた怪人が再び叫んだ。
「うひゃあ！」
「あ、あー、怪しい者じゃないですよー。そうそう、大丈夫ですかー？　って、声をかけようかとー……」
「ど、どこから現れて……！？　もういやだぁぁっ」
「ああっ！？　怖がらないでくださいよー！」
　泣きべそをかきながら逃げ出す怪人の背中に、梢が虚しく手をのばす。
「……もう一度、蝶になって追いかけましょうかー」
　梢はろっこんを発動させた。