しいたけ！｜リアクション

しいたけ！

【待って待って、逃げないで】

「夜は何を食べようかな……」
　そんなことを考えながらの帰宅途中。
　市橋誉は逃げ惑う怪人しいたけを目撃した。
「あれは……」
　誉は思った。
「ずいぶんと美味しそうだな」
　遠目にもわかる。あのしいたけは、肉厚で新鮮だ。
「しいたけたっぷりのチキングラタン。いいな」
　あれだけたくさんあるのだ。少しくらい分けてもらえないだろうか。
　少し考えて、物陰にひそみ、誉は鞄からスケッチブックを取り出した。
　ここに鍵盤を描き加えれば、彼のろっこん『奏でるもの』が発動する。
　怪人を落ち着かせるような、ゆったりとした曲を選んで指を踊らせる。
　ピアノの音色に気づいた怪人も、足を止めて辺りを見回している。

（植物には音楽だよな。きれいな音色で刺激を与えると、しいたけも育つというし）
　音楽を流して植物を栽培する農家もあるという。
（はたして、怪人に効果はあるかな）
　敵意がないことだけでも伝わればいいと思う。
　澄んだ音色に、どうやら怪人も聞き惚れているようだ。
（もしかして、あの怪人も音楽が好きなのか？）
　誉の表情がやわらかくゆるむ。
　ピアノは人の心をつなぐばかりではなく、しいたけとの縁も結んでくれるのだろうか。
　そして、しいたけもいっそう育っていくのだろうか。
　そんなふうに夢見ながら奏でる誉と怪人の交流は、唐突に打ち切られた。

「シダ　ダダ　ダダダダダダダダッ！」
「うぎゃあぁぁ！」
　シダ美穂戸が現れて、怪人しいたけに跳び蹴りをくらわせたのだ。
「悪者か？　お前、あやしい。シダ、蹴るぞ！」
　すらりと伸びた足が空を切り、怪人を襲う。
「ダダ　ダダダッ！」
「いたっ、いたい！　いたいやめてー！」
「お？」
　涙声になった怪人がうずくまり、シダは足をおろした。
「お前、弱いな。泣いたのか。悪者じゃないか？」
「ううっ、どうして僕がこんな目に……」
　めそめそと泣くしいたけの塊を見つめて、シダが首をかしげる。
「シンロイ、ごめん。けどお前、こわいぞ。悪者に見える」
「ごめんなさい～」
「なんだ、これ。きのこか？　お前、きのこか？」
　シダが顔を近づけて、しいたけの匂いをかぐ。

「チアント――」
「待て、美穂戸」
　ろっこんでサオラに変身しようとしたシダを、駆けつけた男子生徒、御剣刀が制止した。
「こんなところで変身するな。目立つだろう」
「かたなか。でも、これ、きのこ。おいしそう」
　サオラに変身したら、しいたけを生のままでも食べられる。
　シダは未練たらたらだ。

　新たな人物の登場に腰が引けている怪人しいたけに向かって、刀は両手をあげてみせた。
「大丈夫、乱暴なことはしません。それよりその、しいたけはどうなってるんですか？　採らせてもらえないでしょうか」
　非常にわかりやすい、敵意がないことを示すジェスチャーだ。
　怯えているらしい怪人に信じてもらおうと、刀は真摯な眼差しを向けた。
「見たところ、身体からしいたけが生えているようですが……」
「ひえっ……！」
　刀が一歩、足を前に進めたときだ。
「んぎゃあ！　なんだか怖い～！！」
　怪人は悲鳴をあげて逃げ出した。
　いくらフレンドリーな振る舞いをこころがけようとも、あいにくと刀は目つきが悪かった。
「……行ってしまった」
　肩を落とす刀の横で、シダは口元をぬぐった。
「おいしそうなきのこ、シダ、追う。かたな、サオラの背中、乗るか？」
「いや。だから変身するなって」
　二人は肩を並べて、逃げた怪人の後を追った。

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