メリーさんのホラハウス、なの｜リアクション

メリーさんのホラハウス、なの

「ん？」
　水上桜はカウンター席に座っていた。
「極辛極限Ｋ２ラーメンになります」
　横手から静かに丼鉢が押し出された。
「んん！？」
　桜はその大きさに目を丸くした。半分に切ったスイカを凌駕する。中には白い頂を思わせるモヤシが聳え立つ。Ｋ２の名に相応しい。
　怖々と鼻を近づけてみた。激しく咳き込んだ。両目を掌で押さえる。
「鼻が痛い！　目にくる！」
　涙目でスープに注目した。肉厚のチャーシューが敷き詰められた間から真紅の色が染み出していた。
「それでは計測を始めます。三十分以内に食べ切ればチャレンジ成功で金一封を差し上げます。スープも飲み干してくださいね」
　横手にいた店員が爽やかな笑顔で告げた。
　桜は目を剥く。
「え、三十分！　スープも！？」
「スタートです」
　桜は専用の取り皿を呆然と眺める。
　――私はアクセサリーの部品を買いにきた。参道商店街の手芸屋で用事を済ませて、適当に散歩をしていた時にメリーさんに声を掛けられた。魔女っ娘の姿だからホラーハウスを想像したわ。
　桜は改めてラーメンと向き合う。険のある目となって唇を震わせた。
「なんでこうなるのよ！」
　怒りを吐き出し、穏やかな呼吸に努める。
　厳しい顔で割り箸を手に取った。取り皿にもやしを入れていく。中身を勢いよく掻っ込んだ。
　――もやしは食べられる。問題ないわ。
　ラーメンから突き出た白い山を崩していく。少ない咀嚼で胃の中に落とし込む。
　箸が止まった。赤いスープが染み出していた。ラーメンの縁にあったレンゲを手にした。
　掬ったスープを取り皿に入れる。十分に息を吹き掛けてから口に含んだ。
　両方の眉が撥ね上がる。舌を出し、自らの手で風を送った。
「辛くて痛いわ！」
　汗が一斉に噴き出した。取り出したハンカチで懸命に顔を拭う。
「これ、絶対に無理よ」
「五分経過」
　先程の店員が厨房の中から時間を伝えた。
　桜は怒りに燃える目をラーメンに注ぐ。
　――この量、残したら大変なことになるわ。アクセサリーの部品を買ったあとだから、私の財布にはもう……。
　止まっていた手を動かす。麺とチャーシューを取り皿に盛った。
　覚悟を決めた顔で麺を啜る。少しむせた。チャーシューを口の中に押し込む。泣きそうな顔で口を動かした。
　止めどなく流れる頬の汗にハンカチを押し当てる。麺を啜りながら額を拭ってカウンターに投げ捨てた。小さな布きれでは間に合わない。
　ブラウスの上のボタンを外した。汗だくとなって食べ進める。目が虚ろになってきた。
　――私、何をしているんだろう。口の中がふやけて、味がよくわからないよ。
　緩慢な動作で食べ続けた。頭が微かに揺れ始める。薄ら笑いを浮かべた。
「残り時間は十分です」
「それだけあったら十分よ、フ、フフ」
　赤い唇で桜は笑った。
　残りが五分となった。半分以上は食べていた。
「……もう、無理……メリーさん、助けて……」
「早く食べないと麺が伸びるの」
　桜の隣にメリーさんが出現した。ラーメンの器を自分のところに引き寄せる。
「二人だと金一封は出ないよ」
「出なくてもいいの」
　メリーさんは割り箸を手にした。
　桜は力尽きたかのようにカウンターに突っ伏した。
　――……なんだろう。音が聞こえる。川のせせらぎ？
　桜は突っ伏した状態で顔を横に向けた。
　メリーさんが涼しげな顔で麺を啜っていた。チャーシューが音もなく口の中に吸い込まれていく。
　おもむろに箸を置いた。器を両手で持ち上げて縁に唇を寄せる。ゆっくりと、それでいて力強く傾けていった。
　トンと軽い音で器を戻した。
「時間です！」
　店員が呼び掛けて丼鉢を覗き込む。
「おめでとうございます！　チャレンジは成功となります！」
「辛さが中途半端なの。麺はもう少し太い方が伸びなくていいの」
「手厳しいですね」
　店員は笑いながら答えた。
「これこそ、ホラーね……」
　遣り取りを見ていた桜は疲れ切った表情で呟いた。