メリーさんのホラハウス、なの｜リアクション

メリーさんのホラハウス、なの

　青いサマーニットに白いハーフパンツ。赤いスニーカーを履いた羽生碧南が気ままな散歩を楽しんでいた。
「なんだろう」
　茶色の瞳を前方に向けた。
　とんがり帽子の少女が道端でスキップをしている。ただの遊びではなかった。宣伝文句を口にした。
「ホラハウスが無料なの。夏にぴったりなの」
「ホラーハウスじゃなくてホラハウス？」
　疑問を口にしつつ、足を速めた。
　異様な洋館が聳え立つ。格子の窓には青白い炎のような物が揺らめいていた。魔女に扮した少女の姿に説得力を与える。
「ホラハウスにようこそなの。どうぞなの」
　少女は洋館の扉を開けた。黒い艶やかな目を碧南に向ける。
「まあ、時間はあるけど。本当に無料で楽しめる？」
「メリーさんは楽しめたの。たまに美味しいの」
　赤い舌先をちらりと覗かせた。
「よくわからないけど、試してみてもよさそうね」
　碧南は洋館の中に踏み込んだ。

　鮮血をぶちまけたような空の下、半ば朽ちた墓石が同じ色に染まっている。
　碧南は固まった。低い唸り声に囲まれていた。腐肉を纏う死人が怨嗟の声を上げて近づいてきた。
「こ、これはちょっと」
　死人の包囲網が狭まる。怯えを含んだ目を懸命に動かす。
　碧南は走り出す。鉤爪の手を躱し、一メートル弱の間を通り抜けた。
「追ってくるよ！」
　一目では数え切れない死人が遅々とした歩みで碧南を追い詰める。全力の走りで一気に引き離した。
「ここまでくれば……」
　強い横風を受けた。死人の嘆きを思わせる風音に足が止められない。近くの墓石が不自然に揺れて新たな死人を吐き出した。
「こっちに来ないで！」
　墓石の少ないところを選んで走る。どす黒い地面となった。一部がカサカサと嫌な音を立てた。
　碧南は悲鳴を上げた。反応した数匹が乾いた羽音で近づいてきた。
「飛んだらダメぇぇぇ！」
　バスケットボール部で鍛えた脚力を見せつける。曲線と直線を織り交ぜた走り方で他を圧倒した。
「出口はどこよ！」
　走りながら叫んだ。
　斜め前の墓石に目がいった。白いタキシード姿のノアが現れた。穏やかな笑みで一礼する。
「出口、出口はどこ！」
「あちらになります」
　滑らかな所作で一方に手を向けた。
「ありがとう！」
　碧南は左手に曲がった。しばらく走り、滑るようにして止まった。
　大鎌を手にした死神が待ち構えていた。
「あんなの、どうしたらいいのよ」
　泣き事を言いながらも、その場に踏み止まる。死神の背後には怪しげな扉が見え隠れしていた。
　碧南は大きく一歩、右に動いた。死神は浮遊した状態で左に寄る。絶えず正面に位置して行く手を阻む。
「ふぅ～」
　息を吐き出す。全身の強張りを揉み解すかのように上下に軽く跳んだ。死神は反応しなかった。それとなく目で見ながら左に切り込んだ。
　大鎌が襲い掛かる。機転を利かせて後方に跳躍。前髪の数本が犠牲になった。
「……良いディフェンスするじゃない」
　額の汗を掌で拭った。姿勢を低く構える。バスケットボールの試合のように表情が引き締まってゆく。
「一本、取るわよ」
　人差し指を立てて不敵に笑って飛び出した。狙いは右と見せ掛けて即座に退く。左手の鎌の一閃を遣り過ごし、左へと突っ込んだ。湾曲した刃が追い掛けてきて背を掠めた。
「いっけえええ！」
　死神を抜き去り、扉の中に飛び込んでいった。

　つんのめるような姿を立て直す。
「戻って、きた？」
「お帰りなさいなの」
　側にいた少女、メリーさんが無表情で言った。
「はあ～、ただいま。攻略には成功したみたいだけど、とても疲れたわ……」
　碧南は喉元を摩りながら弱々しく笑った。

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