メリーさんのホラハウス、なの｜リアクション

メリーさんのホラハウス、なの

　新田亮はジョギングの最中に声を掛けられた。
「ホラハウスが無料なの」
　魔女に扮した少女が雰囲気のある洋館の前で手招きをしていた。無視することも出来たが相手は幼い子供。亮は招きに応じることにした。

「これがホラーハウスなのか？」
　眼下に痩せ細った木々が身を寄せ合っていた。見上げると急峻な岩場が続く。山頂は異様に尖り、薄青い空を突き破るかのように屹立していた。
　――どこかに飛ばされたのか？　かなり高い山だ。太陽は西に傾き始めている。
　亮はスマートフォンを取り出して時間を確認する。間を空けず、足元に置かれていたバックパックに目を向けた。片手で持ち上げてみる。
「結構、重いな」
　その場にしゃがむと中身を調べ始めた。
　――フリーズドライか。行動食も揃っている。これは簡易テントか。防寒着もあるな。
　細々とした物を取り出し、並べてみた。
「トレーニングのつもりで登るか」
　落ち着いた口調で言った。元に戻したバックパックを背負うと、亮は急な斜面を登り始めた。
　歩幅は小さく、刻むようにして進む。不安定な石は避けた。
「そろそろ休むか」
　その場に立ち止まる。登り始めて三十分が経過していた。
　――三十分毎に五分の休憩を入れよう。この先、何があるかわからない。体力は温存しておかないと。
　五分後、亮は歩き出した。慎重な足取りを崩さない。時に山頂を見上げて、遠いな、と呟いた。
　二度目の休憩では水分を補給した。フリーズドライを幾つか口にした。
「意外といけるな」
　短い感想のあと、また山頂を目指して歩き出す。
　目の前を小さな石が転がっていく。亮は上の方に目を向けた。
　黒々とした熊がいた。僅かに視線を逸らし、ゆっくりとした動作で後退を始める。
　熊の威嚇するような声が聞こえてきた。
　――刺激しなければ大丈夫だ。
　少し歩幅を広げて下がる。熊の声は近い。徐々に距離を詰めてきた。
　――どういうことだ。まさか、フリーズドライの甘い匂いに引き寄せられているのか。
　熊が吠えた。石を弾き飛ばして向かってくる。
　瞬間、亮は空気を吸い込み、限界で息を止めた。
　――発動だ！
　ろっこんの『サード・フォース』によって身体能力が三倍となった。熊の突進を避けながら低い姿勢で小石を拾う。
　亮は反撃に出た。熊の顔面に小石を投げ付ける。全てが命中した。だが相手は怯まない。凄まじい咆哮で詰め寄って丸太のような前脚を振り上げた。
　亮は間合いから跳び退る。バックパックの一部が切り裂かれた。
　――倍加だ！
　『進化能力１』を発動。身体能力は六倍と化した。急激に上がった速度で小石を拾い、フリーズドライの袋の中に詰め込んだ。
　熊に袋を見せつける。十分に興味を引き付けたところで下に向かって投げた。自身は反対に頂上に向かって駆け上がる。
　能力の限界が訪れた。亮は激しい息遣いで体内に酸素を取り込んだ。
　汗だくとなった顔で後ろを振り返った。
「上手くいった、とは言い難いが……」
　バックパックを背負い直し、疲労の残る身体で山頂に向かった。
　――残された体力は、あと僅か。
　残された距離も僅かとなっていた。
　――もう、何もないよな。パニックホラー映画で観たような二十メートル級の大蛇は出てくるなよ。
　急かすように足を動かす。目測で数メートルまできた。
　亮は見えない壁にぶつかったかのように足を止めた。白くて長い物体に全神経を傾ける。
　数秒で表情を崩した。
　――よく見ろよ。木の幹じゃないか。
　笑みを浮かべた状態で山頂に到達した。
　背中のバックパックを下ろし、その場で回る。雲海が雄大にうねる様を眺めた。
　亮は両方の拳を握り、空に突き上げた。
「登頂に成功だあああ！」
　喜びを一気に爆発させた。