メリーさんのホラハウス、なの｜リアクション

メリーさんのホラハウス、なの

　風雲児轟は島内を巡った。気合を入れる為なのか。暗褐色のバンダナを額に巻いていた。無地のＴシャツにジーンズを合わせて機敏な動きを見せる。僅かな治安の乱れも見逃さない姿勢で周囲に目を配った。
　細い路地を抜けて参道商店街に出た。
　棒読みに近い声が耳に届く。
「ホラハウスなのー！　お試し期間で無料なのー！」
　魔女の姿に扮した少女を見て轟は快活な笑顔で駆け寄った。
「メリーさん、久しぶりだな。でさ、ホラハウスってなんだ？」
「ウニは嫌いじゃないの」
　メリーさんは轟の髪型を見て言った。
「俺の頭はウニじゃねえよ。それにしてもこんなの見たことがねえぞ」
「羊羹はスナック菓子のようにボリボリ食べられるの」
「ああ、洋館か。悪いが今日の俺には奢る余裕はねえからな」
　メリーさんは無表情で軽く舌打ちをした。誤魔化すかのようにくるりと愛らしく回って見せる。
「そんな図々しいことは全く思ってないの。今日はホラハウスを純粋に楽しんで欲しいの」
「まあ、妙な感じはするけど、危険はねえよな」
「……そうなの」
　メリーさんは少し遅れて答えた。
「まあ、無料で損することはねえか」
「どうぞなの」
　メリーさんが扉を開けた。白い空間に轟は飛び込んでいった。

　突風に近い横風を受けた。轟は本能に従ってしゃがみ込む。
「なんだ、すげえ揺れるぞ！」
　古ぼけた木の板の隙間に目を落とす。底が見えなかった。白い雲のような物がゆっくりと流れている。
「落ちたらヤバイとかのレベルじゃねえ！」
　吊り橋の中央で轟は叫んだ。橋全体が左右に揺さぶられる。細い繊維が引き千切られるような音を耳が拾った。橋を渡す太い紐の一部が解れていた。
「時間制限付きかよ！」
　轟はしゃがんだまま、前後を見やる。数回、繰り返した。
「違いがわからねえ！」
　叫んだあと、勢いよく立ち上がった。目に強い意志が宿る。片方の口角を上げた。
「安全なルートがねえことだけは、よくわかったぜ！」
　一方に向かって上体を軽く倒す。
「ヒーローは困難に立ち向かうもんなんだぜ！　俺は将来、寝子島のヒーローになるんだ！　スーツアクターとして活躍して島を盛り上げるんだ！　このくらいのことで逃げてたまるかよ！」
　鼓舞する言葉は熱を帯びていく。
「行くぜ！」
　轟は飛び出した。揺れる吊り橋を力で捻じ伏せるように走る。踏んだ板が割れた。千尋の谷に引きずり込まれる前に駆け抜ける。
「最後まで意志を貫いてやるぜ！」
　木の板が二枚、抜け落ちていたところを易々と跳び越える。
「あと少し！」
　ブツンと左手から嫌な音がした。命綱である紐が切れた。身体が急速に左に倒れていく。
「まだ終わりじゃねえ！」
　右手がもう一本の紐を握った。瞬間、断末魔の音が耳に伝わる。
　轟は身体を前後に振った。渾身の力で振り子となった。
　最後の一本が切れた。長大な吊り橋は残骸となって谷に呑み込まれていく。
「ヒーローは負けないんだぜ！」
　轟は右拳を高々と上げた。その後、崖の突端となった場所に腰を下ろす。右の掌を軽く振った。
「握力が尽きそうになったぜ。あと少し遅かったら危なかったな」
　後ろにゆっくりと倒れた。大の字になって碧い空を眺める。
「俺のアクション、サマになっていたよな」
　幼少の頃のように得意気な顔を見せた。

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