レディ・ロゼッタの未来観測｜リアクション

レディ・ロゼッタの未来観測

「ちわー！」
突如大きく開く赤い扉。帰ろうとしていた小山内海は小動物のようにぴょんと後退する。
「おっと、ごめんごめん」
茶色い目が笑う。海はその顔に見覚えがあった。旧市街のお好み焼き屋『うさぎ屋』の女店主、宇佐見満月だ。
「ようこそ、『レディ・ロゼッタの未来観測』へ」
奥の扉から顔を出した占い師が満月を招く。
「次はあなたね。どうぞ、入って」
「あんたがここの店主かい？　邪魔するよっと」
海の頭をくしゃくしゃっとなでて手を振り、ずかずかと入っていく。

「お名前をどうぞ、証なき光よ」
不思議な問いに満月の丸い目がさらに丸くなった。
「なんだそりゃ。オカルトかい？　宇佐見満月さ」
「どうやってこの場所が分かったのかしら？　あなたは招待状を持っていない」
「ないねぇ……でも、見えたんだよ。歩いてたら突然花畑じゃないか。ああまたかねぇ、って思ったのさ。最近不思議なことが起こり通しで慣れちまった」
満月は丸テーブルにひじをかけ、ぐっと身を乗り出す。薄手のカットソーに包まれた胸元がものすごいボリュームだ。ロゼッタもなかなかグラマラスな体型をしている。小さな占いテーブルは、はち切れ、こぼれ落ちそうな女体天国になっていた。
「でさ。ここ、何の店なんだい？」
ロゼッタはにんまりと笑い、タロットカードを示す。
「……ふーん、タロット占いねぇ。ま、適当に！　あいさつ代わりに一つ頼むよ」
「わかったわ。もう少し限定してもらえるかしら？」
「うーん、じゃあねえ。実はさ。あたしの弟と姪っ子に、最近不思議な力がついたみたいなんだ。その頃から、あたしにも何かが感じられるようになってきた。あたしがもしあいつらみたいになった場合、力をおおっぴらに使っていいのかな？」
ロゼッタの瞳が、一瞬険しくなった気がした。
「あなたがこの場所に来られたわけが、よくわかったわ。さ、カードを選んで」

「ソードの3。裏切り、心痛、混乱。喪失」
鋭い剣が舞い、カードはゆっくりと血を流す。ロゼッタの顔に笑みはない。
「あなたはまもなく力に目覚める。いいえ、もうその時は訪れた。その力は、予想以上に強大なものになるでしょう。軽々しく振るってはいけない」
満月はロゼッタの言う『力』に思い当たるふしがあった。ごくりと喉が鳴る。となれば、控える選択がベターなのであろう。満月は第二のカードを見守る。
「カップのペイジ。本日出会うのは二回目だわ」
そうは言っても、満月にとっては初めて見るカードだ。ロゼッタはその暗示について解説する。
「力を忌避しすぎると、恐怖や困難を招いてしまう」
「ちょっと待っておくれよ。使えば危険、控えれば困難って……あ、そうか。加減しろってことか」
「そうね」
「ま、うまくやってみるよ。それでっと……あたし、いま持ち合わせがないんだわ。ここに来たのもさ、これ。印刷屋から仕上がったメニューを受け取った帰りに、目についたもんだからふらふら～っと入って来ちゃったってわけ」
「ふふっ。あなたって行動派なのね」
「いやあ、違うよ。考えなしなのさ」
笑いながら、メニューを取り出してロゼッタの前に出す。
「うちは『うさぎ屋』ってお好み焼き屋をやってんだ。あたしは継いでまだ数年だが、食わして恥ずかしいようなものなんか出しちゃいないよ」
「あらやだ、いいわね。粉ものなんて、最近とんとごぶさたなのよ」
「よかったらうちに食べにおいでよ。店が忙しいっていうんなら、あたしが届けに来るからさ。食べたいものを知らせてくれれば、あたしが何回でもご馳走するよ。それがお代の代わりってのはどうだい？」
メニューを見ながら、あれがいい、これがお勧めだと語り合う二人は、友人同士のようだった。