レディ・ロゼッタの未来観測｜リアクション

レディ・ロゼッタの未来観測

「へえぇ……ここか」
　誰よりも早く『レディ・ロゼッタの未来観測』にたどり着いたのは奈良橋博美だった。見上げると青空、振り向けば舗装道を行き交う車両。そして視線を戻せば花畑。まったく異質な場所だった。なのに足を止めているのは博美だけ。誰も注意を向ける様子はない。
　
　入り口の赤い扉を開くと、ログハウスのような素朴な作り。右手には休憩スペースがあり、左手には小さめの青い扉と、『順番におはいりください』のサインボードがあった。
「ごめんくださーい」
　中はさらに暗い。丸いテーブルには濃い紫色の布がかけられ、その上のランプが暖かな光を放っている。
「いらっしゃい」
かなりの長身、容貌は美人『風』。きれいだが、どこか隙のある顔立ちだった。年齢も判じがたい。30代前半、というところだろうか？　どうにも手がかりの少ない女だ。光沢のある濃いグレイのロングドレスを着ている。ゆるやかに波打たせた長い黒髪は、闇色のヴェールに覆われていた。
「は、派手っすね……」
「こんな商売、半分は雰囲気勝負よ。私はレディ・ロゼッタ。あなたの訪問を歓迎するわ」
名を尋ねられ、博美は素直に名乗った。次いで、自分の抱える迷いを語る。漠然とした将来の不安。高校生活に困難に出会ったときの、対処の仕方。
「私の占いは、Aという選択をした場合と、しなかった場合、二つの未来の可能性をのぞくの。近い将来の困難に立ち向かった場合と、回避しようとした場合を見ましょうか」
「困難が発生するのは決定なのか!?」
「人生は壁の連続よ。困難がないほうがおかしいわ」
黒いヴェールをさらりと後ろに流す。タロットカードを机の上に置くと、扇の形に山を崩し広げた。博美が一枚を選び取ると、さらにもう一枚と促される。ロゼッタが指で触れると、カードの上に幻が現れた。
「困難に立ち向かう未来を象徴するは――カップのペイジ。トランプなら、ハートのジャックにあたるカード。ジャックは騎士や従者だけれど、タロットのペイジは若者なの。前途有望、でもすこし無謀」
幻の若者は意気揚々と歩いていたが、突然つまづき、うずくまる。
「このカードが示すのは、恐怖と困難。自分の手に負えないものに立ち向かった結末」
恐ろしげなカードのメッセージに、博美はごくりと固唾を飲む。
「無理は禁物、ぐらいの意味よ。怖がらないでね」
ロゼッタは次のカードを指し示す。
「The Universe。宇宙」
カードからは渦巻く銀河が現れた。その中には、博美自身の姿が見える！
「うわ!?　お、俺？」
だがすぐに自分との違いに気づく。くるくると回る虚像の博美は髪を伸ばし、スカートを履いていた。
「博美ちゃんは、今の姿に何かポリシーがあるのでしょう？」
「あ、ああ。うん。俺はこうでなくちゃいけないんだ」
奈良橋家に伝わる武術を学ぶため、男として生きると決めたから。
「宇宙のカードは新しい視野を獲得する、という意味なの。幻はその一例。変身を意味するとは限らないわ。人生観が変わるとか、苦手だった人と和解するとか」
「はあ……そうかぁ。俺の占い、さんざんじゃないか？」
ロゼッタは笑い出す。
「そんなことないわ。そう落ち込まないで」
「うん。そうなんだけど、なんか逃げるとか卑怯だろ」
「でも博美ちゃんが傷ついたら泣く人もいるんじゃない？」
「むぐぐ……！」
父と母の悲しそうな顔を想像する。それだけは絶対に見たくない。
「私がお伝えできるのはここまでよ。少し怖い暗示になってしまってごめんなさいね」
「いや、どうしても占ってもらわなきゃ、って思ってたんだ。ええと……お代なんだけど」
財布を探る博美の手を、ロゼッタはすばやく握ろうとする。武術で培った博美のカンが、反射的に迫る手を払いのけた。
「わっと!?」
ロゼッタはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「あら、さすがね。その腕を見込んでお願いがあるの。その代わりお代はいらないわ。後からちょっとアグレッシブなお客さまが来るはずなのよ。この裏に隠し部屋があるのだけど」
と、ロゼッタは背後のカーテンを示す。
「博美ちゃんはそこで様子を見ていてくれないかしら」
「ああ、かまわないよ。お金で払えないなら、店の掃除とか、労働で返したいって思ってたぐらいだから」
「うれしいわ。じゃあ一日用心棒をお願いするわ」
こうして博美は、ロゼッタの控え室に身を隠すことになった。早くも次のお客が来た気配がするが、話し声は分厚いカーテンと壁に阻まれて聞こえない。
（ま、ヤバい物音がしたらわかるだろ）
その時が来るまで、休んでいていいそうだ。博美はソファにごろりと横たわる。

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レディ・ロゼッタの未来観測

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