レディ・ロゼッタの未来観測｜リアクション

レディ・ロゼッタの未来観測

　勅使河原悠は恥ずかしそうにロゼッタの前で頭を下げる。
（背の高い、知らない人……ちょっと怖い、けど、来てしまった……）
「て、勅使河原、悠、です……。えっと、あの……進路に、ついて、占ってほしいです……」
臆病な悠の性質を見抜いたのか、ロゼッタはゆっくりとした動作で、彼女を脅かすことのないよう、大きすぎない声で話しかける。悠は二枚のカードを選んだ。
「今心にある進路の通りにすると……ソードの8。試練、閉じた心、窮地」
「逆の道を行けば……コインのナイト。知性。忍耐。男性の友人」
なんだかばらばらねえ、とロゼッタは指を組む。
「進路と考えると読み難いけど、悠ちゃんの心情と考えると、納得がいくわ」
「わ、私の、心ですか……」
「そう。進学であれ、就職であれ、卒業すれば、お友だちともばらばらになる。島を去るかもしれない。その変化に対して、悠ちゃんの示す反応がこれ。試練の前に縮み上がってしまう姿を暗示している」
気になるのはこっちのカードよ、とロゼッタはソードの8をつついた。剣の幻が浮かび上がり、威嚇するように悠に切っ先を向ける。ぎらりと光る刃に、幻とはいえ悠はすくんだ。
「悠ちゃんは変わってしまうのが怖いのね」
悠はびくりと肩を震わせた。たちまち大きな瞳に涙がたまっていく。ずっと同じではいられない。高校生活は三年しかない。分かってはいるが、怖いのだ。
「人は自然に変わるの。無理はしなくていいわ。ただ、恐れないで」
ロゼッタは手を伸ばして、そっと悠の頭をなでる。
「それにほら、こちらはいいカードなのよ。自然体で過ごしていれば……なんと、あなたにすてきなナイトが現れるかも！」
初対面の女性が、自分を元気づけてくれようとしている。悠はその気持ちだけは理解できた。涙がひいていく。
「このナイトは恋人とは限らないの。親友かな。早く出会えるといいわね」
思いもよらない暗示だった。内気な自分に異性の親友ができることなんてあるのだろうか。
（そんなことが……あれば、いいな）
「あ、あの……！　お礼に、私も、占います……」
言葉に詰まりながらも、悠は説明する。梅花心易という占いに興味があり、日々勉強をしていること。愛用している梅花心易の本を掲げる。学び始めたばかりで自信はないが、誠心誠意、全力をかけて占うと約束すること。ロゼッタは懸命な悠の言葉を受け止める。
「ありがとう。初めて体験する占いだわ。お願いできるかしら」
「は、はい……では……。乾為天（けんいてん）……えっと………乾。元亨利貞（げんこうりてい）。『乾為天の時、大いに通じる。貞正であれば良い』」
「漢文みたいね。私、そっちはぜんぜんダメなの。教えてくれる？」
「はい。……い、今は、前向きに高い目標を持って、人生を開拓する時。……でも、今の勢いのまま進みすぎず、驕らず、余裕を持ち、バランスをとって進む時でもある………という意味かと………」
「なるほどね。よくわかったわ。あなたのアドバイス、きっと役立てるから」
ロゼッタの笑顔に、悠も笑顔で返す。来てよかったと思えた。ふと好奇心で、右目を手のひらで覆う。ろっこん『嘱目する実正』で、ロゼッタの力を見てみたくなったのだ。
「あれ……？」
小屋と花畑が、壊れたテレビのように明滅する。いつものシーサイドタウンの風景が透けて見えた。