レディ・ロゼッタの未来観測｜リアクション

レディ・ロゼッタの未来観測

「ナタリア・シシロヴァです」
「こんにちは。私はロゼッタ。よろしくね。ナタリアちゃんはロシアの方？」
「はい。ですが日本語でかまいません」
ナタリアの日本語はほぼ完璧だ。流れるような動作で荷を脇に置き、着衣を整え、席に着く。ロングドレスの占い師を観察し、わずかな間に分析をした。
（この女性が、不可解な招待状を送った本人ですか。ヤポンカのように見えますが、出自は判然としませんね）
観察を終えたところで、ナタリアは理路整然と語りだす。
「私には信念があります。それについてはここでは関係のないことですので、お話しません。生きて行く上で、私はさまざまな戦いを経験するでしょう。相手は人とは限りません。運命のような、形のないものかもしれません。その時に、今の私の信念や、やり方に反する行動を取る必要が生じた場合、またはそうしなければならないという欲求に駆られた場合、それに従ったとしてどうなるのか。その指針をいただきたいと思います」
信じる信じないはさておき、来たからには占ってもらおう。利用できるものは利用する。それがナタリアの考えだった。
「よくわかったわ。占ってみましょう」
ナタリアが迷いなく選んだカードは、並んで表に返される。
「ソードのキング。攻撃者を表すカードよ。あなたの前に敵はいない」
ロゼッタは王の絵札を示す。
「剣の王は勇猛果敢にして知略に優れる。機が熟したとき、その果実をもぎとることに何のためらいを感じることもない。あなたは攻撃力の化身となる」
カードの意味が、英雄神話のように語られる。剣の王の幻は立ち上がるカードを敵に見立て、一刀で切り裂いた。
「ナタリアちゃんは、それが必要とあれば、信念に逆らうことであっても実行できるでしょう」
次にもう一枚のカードを指差す。あくまで自分の信念を貫くと決めた場合の未来。それはソードの3だった。三振りの剣は地に転がったまま動かない。
「あなたが勝機を捨てても、信念を守ることを最優先にする時があるとすれば、それは裏切りや喪失に関係がある」
何も言わずに聞くナタリアの顔に、わずかな表情が生まれた。
「きっと、誰かの心が傷つくのを恐れる時でしょう」
（弱さを捨てるための信念でしたが……それ自体にこだわりすぎると排したはずの弱さを露呈する、ということですか）
ナタリアは答えない。話はきちんと聞いているという証に、ロゼッタに一度小さくうなずいて見せたが、その後は卓の上の二枚のカードをずっと見つめ続けていた。非情にも、残虐にもなりきれていない自分の甘さを、改めて指摘された気がする。
（私はまだ完成されていない。勝利を得るためにはより柔軟でなければならない）
「結果は参考にしましょう。お礼に、これを」
ナタリアはすくと立ち上がり、身に着けていた赤い羽根の一枚を外してロゼッタに手渡した。募金のあれとは違い、芯のしっかりした立派なものだ。ロゼッタの濃灰色のロンググローブの上で、赤い色が鮮やかに映える。
「どうぞ。予備はありますから」
「勇気の象徴？　それとも天使の翼？」
「なんのことですか。なんとなくつけている。ただそれだけです」
「そう。あなたのエネルギー源のひとつだと思っていたのだけど」
ロゼッタはドレスの胸元に赤い羽根をつけた。
「そう思ったことはありません。それでは、失礼します」
ナタリアは無機質に答え、きびすを返し、そっと残された羽根に触れた。