レディ・ロゼッタの未来観測｜リアクション

レディ・ロゼッタの未来観測

　放課後、日が傾くにはもう少しありそうだ。午後の授業を終えた生徒たちが、次々と『レディ・ロゼッタの未来観測』を訪れる。同じ日に送られた薄紫色の招待状は、学校でもちょっとした話題になっていた。
　少しぼんやりと待合室で座る少年の名は佐藤英二。学校帰りにそのまま寄ったので制服姿だ。
「占いかぁ。特に運勢とか、未来とか、知りたいわけじゃないしな……」
平々凡々とした一学生である英二。そもそも欲があまりない。興味本位で来ては見たものの、占ってもらう内容がなかなか決まらなかった。あれこれ迷っていると扉が開き、中から少し赤い顔をした少女が出てきた。
「あ……終わりました。次の方、どうぞ……」
肩に小鳥を止まらせた少女が会釈する。ああ、それじゃ、行ってきますと小さく返事して。英二は少女と入れ違いに青い扉の向こうに向かった。その英二と占い師ロゼッタの出会いを描く前に……

　小鳥と一緒の少女、御巫時子がなぜ顔を赤らめて帰途に着くことになったのか。まずはその物語を語るとしよう。
「近いし……占ってほしいこともあるし。行ってみましょうか」
不思議な手紙に魅力は感じるが、なにせ初めての場所。内気な時子には少しだけハードルが高い。時子は目を閉じ、呼びかけた。
（私に応えて……力を貸して……）
ほどなく、一羽の小鳥が舞い降りる。
（いっしょにいるよ。いっしょにいこう）
「ありがとう。ヒヨドリさん」
茶色がかった灰の頭はぼさぼさで、とある人物を思わせる。小さな友達に頬を寄せ、時子は咲き乱れる初夏の花の中を歩んだ。

「かわいい小鳥ね。時子ちゃんのお友達？」
と、女占い師はヒヨドリの入室を許してくれた。灰色のパートナーを肩に留め、時子は静かに席に着く。
「占っていただきたいことは、私の気持ちなんです……。恋だと思っているんですけど……」
そばにいるだけで胸がドキドキしてしまうこと。作ったものを「おいしい」と言ってもらえると、とてもうれしいこと。看病してもらった時、つないでいてくれた手の暖かさ。安心感。時子は少しずつ胸のうちを語る。
「でも、祖母から教えてもらった話では、恋をした人は食事も喉を通らなくなったり、四六時中相手のことばかり考えるようになってしまうのだと……。私はしっかり食事を摂ることができていますし、いくら気になるとは言っても、二十四時間その人のことを考えているわけでは……」
と、ほんとうに困ったような表情で打ち明ける。
「これが恋でも、憧れでも……今と変わらず、その気になる人のそばにいたいと思っています……」
「なかなか難しいわねえ……」
ロゼッタは眉根を寄せる。
「とにかく、未来を観測してみましょう」
一つは、この気持ちを恋と信じて行動した場合。もう一つは、憧れで終わらせると決めた場合。恋の行方を示すカードを見て、時子は身をこわばらせた。肩のヒヨドリも飛び上がる。
「The Devil……」
黒い体に黒い瞳。禍々しい悪魔のカードが時子を睨んでいる。
「苦しい恋になると思うわ。逆境。執着」
時子はすがるように伏せられたカードを見つめる。そこには、憧れだけで終えると決めた場合の未来が隠されている。
「The Fool。新たなスタート。解放。……年齢差があるとか、遠距離だとか……何らかの障害があるように感じられるわ。憧れだけで留めておきなさい、というのが私からのメッセージよ」
苦しい未来が暗示される。だが、顔を上げた少女の表情は、いつもの内気さを感じさせないほど凛としていた。
「どんな結果でも、この占いが本当だとしても……思い続ける気持ちは自由ですよね……？」
「もちろんよ。いい暗示は生まれてこなかったけれど、これが絶対じゃないわ」
「はい……。ありがとうございます、ロゼッタさん……」
「とんでもない。なんだか却って申し訳ないわね。迷ったらいつでも来てね」
「いえ……。アドバイスが聞けて、よかったです……」
少し力なく時子は微笑んだ。
「あの……お代は、おいくらですか……？」
一万円札を取り出す手を、ロゼッタが押しとどめる。
「高校生は、二千円です。それでももらいすぎかもしれないわ。貴重なお金を使ってくれてありがとう」
（やっぱり、恋と呼ぶには早すぎるのでしょうか……。それでも……）
それでも、自分のこの気持ちを大切にしたい。自分の気持ちを、否定したくなかった。
（かなしいの？）
小鳥が首をかしげて問いかける。
「いいえ、違うんです……。違うけど……」
もうお帰り、と声をかけても、ヒヨドリは肩を離れようとはしなかった。

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レディ・ロゼッタの未来観測

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