●生物パート４●


【プール付近】

「おー、プール見えてきよったな。もうじきやでー」
　人魚化したみんなを安全なプールまで運ぶため、有翼人に変身中の浅沼 柳司に、
「浅沼さん、その鳥の翼、カッコイイね」
　ボールカゴの中から、園部 流花が声をかけた。浅沼も振り返って、
「お、おう。下半身が魚なんがビミョーやけどな……」
　としかし、まんざらでもなさげだ。
「でもさ、この世界に働いてる法則は進化論だって言うけど。
　そもそも進化って、その土地や環境に適した形に
　進化してくのは生き物の知恵というか仕組みであって。
　学校内で人が魚っぽく進化するのってヘンじゃないかー！」
　園部は寝不足でこの世界に送り込まれたクチらしく、本来は生物は得意科目のようである。昨夜はワーキャットの状態で野良猫と遊びすぎ、つい夜更かししてしまったのだ。
　ところで【ワーキャット】とは、園部がろっこんで変身できる、猫獣人のことだ。いそがしく羽ばたく、浅沼の背中の翼を見ていた園部は、ふと、
「あ、コレ……僕の人魚化も、ろっこんの変身で上書きできないかな」
　と思い付いた。手首でブレスレット代わりにしていた、鈴付きの首輪を首にはめ直し、
「ウーーーニャッ！」
　ろっこんでワーキャットに変身！
「ウニャ……？（あ、やっぱダメかー）」
　ろっこんの効果通り、頭部が猫になり全身が毛皮に覆われたが、下半身の体格は魚のカタチのまま。毛皮と猫尻尾が生えているぶん、よけいに珍妙な生物になっている。
「おっ？　流花も変身したんか」
　ばさりと振り返る浅沼に、
「ニャーウニャー（うん、でも魚化は解除できなかったよ……じゅるり）」
「んっ？　じゅるり？」
「ウニャーーン？（その浅沼さんの尻尾、すごく美味しそうだね……）」
　ああっ、こっちでもだ！　猫の本能に屈したさきほどのテオと同じく、猫獣人になった園部流花も猫の食欲に負け、空中の浅沼めがけて襲いかかる！
「って、のわーーーーーー！？」
　危ういところでその爪をかわす浅沼、すでに手中にしていたテストをばしばし叩き、
「テオ！　見えてるから、俺もうテスト用紙、ちゃんと見えてるから！」
　と必死に訴え、しゅわんっ！　元の世界に辛くも脱出！
　しかし……後に残されたのは、牽引する動力を失って放置されたボールカゴと、人魚化で動けない宮田 厚、恵御納 夏朝、八十八旗 信彦、瑠璃条 ベガの（尻尾が美味しそうな）４人。
「ニャニャッニャーー！（いただきまーす）」
　その４人めがけて、同じオリ（？）の中の園部が襲いかかったから、大変だ！
「「そんなーーーーーーーーっ！？」」
　ドッタンバッタンのテンヤワンヤの大騒ぎに☆
　くわえて、ドドドドドドドド。
「今度はなんだ、何だいっ？」
　防災用ホイッスルを吹き、園部ワーキャットを威嚇していた八十八旗 信彦が振り向けば。
　さらに向こうからやって来たのは、後木 真央率いる猫軍団だ！
「ふぉぉぉ！？　おネコさまバンザイなのだ！」
　いや、率いると言うか、追いかけられている。金魚化した神出鬼 没を口にくわえ、逆立ち走りでシャカシャカと必死にこちらへ走ってくる人魚真央……。
「うわっ、プールまであと少しなのに」
　前門の猫（獣人）に、後門の猫（軍団）。園部の爪からモップで夏朝を守っていた宮田 厚が、さすがにこれはもうだめかも、と絶望した──その時だった！
「待たせたね、真央ちゃん、みんな！」
　そこに現れたのは、部室棟に行っていたはずの桜庭 円だった！
「ふぉ！？　円ちゃん、それカッコイイのだっ」
　人魚円が腹這いになって乗っているのは、ボクシング部の部室にあったスケートボードだ。ヒレで地面を叩いて加速し、また尻尾で舵を切って器用に曲がったりと、自在にそのスケボーを操り、さらに、
「脱出の援護するよ、これを使って！」
　ぱしっ・ぱしっ・ぱしっ。
　彼女が投げた物をキャッチして見れば、それは赤いフレームの伊達メガネである。
　な、何故こんなものを……？　意味が分からず、宮田たちが円を見返すと、
「もしもの時のために、ボクが部室にストックしておいた委員長メガネだよ。
　さあみんな、そのメガネをかけて、頭を良くするんだ！」
　いやいや、ちょっと言ってることがよく分からない。
「分からない？　何を言ってるのさ！（スケボーばんばん）
　メガネをかければ、それだけで思考速度は２倍っ……！
　ちえの輪も壊さずに解けるし、ジグソーパズルも飽きる前に終わらせることができるんだ！
　メガネをかけたらINTがブーストされて、判定値も上がるから、付喪紙も見えるようになるはずっ……！」
　ホントかよ。しかし、なにしろ２組の学級委員の言うことだ。妙な熱意と説得力（だけ）はある。
　半信半疑で、宮田厚がその伊達メガネをかけた瞬間──、

　パアアアアアアアアアアアアアアッ！！

「本当だ！　見える！　俺にもテストが見えるよ！」
　モップを軸にしたターンで、びちっと付喪紙を尻尾で捉え、みごと問題用紙を回収する宮田！
「……うん、頭しゃっきりする」
　またこれまで、どんな騒ぎにも頑として目を覚まさなかった恵御納 夏朝が、メガネの効果でぱちくりと起き上がった！
「勉強した、生物の内容が……はっきりと思い出せるよ！
　ありがとう桜庭さん、それに問題用紙さんも！」
　宮田とともに問題用紙を手に、はりきってテスト会場へと戻っていく夏朝。
「はっ、こんなことしてる場合じゃないやい。
　生物のテスト？　得意だってば、目も覚めたし」
　とメガネの恩恵で、ワーキャット化していた園部流花もまた、正気に戻った！
「じつにパラダイスな夢だったのだ。
　今度は真央ちゃん、人類総ネコ化計画の夢がいいのだ！」
「！！！（は！　そっかぁ！　講堂に鍵をかけて、猫ちゃんを外に転送させればよかったのさね！）」
　最後にナイスアイデアを思い付いた神出鬼没とともに、こうして後木真央、園部流花たちの３人も、テストを目視確認して、元の世界へと戻っていく。
「やだやだ、俺は最後の最後まで、異世界に居座り続けるよっ。
　テオが出発直後の時間まで戻してくれるんだ、
　なるべく長くベガちーとのデートを楽しまないと勿体ないよね！」
　とかうるさかった八十八旗信彦と瑠璃条ベガのバカップルも、手裏剣のようにスチャッとメガネが顔に刺さ……装着されて、現実世界へと強制送還。
「楽しかったけど、そろそろ魔法の時間は御仕舞い。また後でね☆彦にゃん」
「よし、仕上げにボクもメガネをかけて……えいっと」
　そして桜庭円が、まず自分の分のテストを確保し、
「あとは、ののこちゃんの分も探しておかないとね……って、あっ、にゃーくん！」
　赤いリボンをした１匹を見つけ、そしてその仔猫が口にくわえた付喪紙を見て、またおどろく。
「きゅーきゅー」
「にゃーーん？」
「にゃーくんが見つけてくれたの？　ありがとう（なでなで）」
　これで、ののこの分のテストも無事、確保できた（若干、唾液まみれではあったが）。
「あっでも、動いたお陰で眠気も取れたかも。
　ボクにとっては、ありがたい時間だったかもしれない。
　問題用紙君、ありがとう」
　仔猫といっしょに付喪紙の頭もなでくりして、そうして桜庭円もまた、現実世界へと無事帰還したのだった。

　生物科目、これにて全員ミッションクリア！！