●生物パート３●


【中庭・噴水付近】

「「わあああああああっ！？」」
　どんがらがっしゃーーーん！

　北校舎の２階の窓ガラスが割れ、空から人が降ってきた。バスケカゴに乗って落っこちてきたのは、宮田 厚と恵御納 夏朝に園部 流花の３人だ。
　さすがに２階の階段は曲がりきれなかったらしい──中庭にバウンドで着地すると、
「おー、何やあのけったいな乗りモン……ってこっち来た！？」
　そのままの勢いで、まっしぐらに浅沼 柳司めがけて爆走してくるボールカゴ！
「アカン、避けな……って、俺の足もいつの間にか、魚になってるし！？」
　ちなみに浅沼のウロコカラーは、スカイブルーである。
「どうでもええし！　人魚なんか、女子がなってなんぼやろ？　男がなって何がええねんな！」
　とオタオタしている間にも、あいかわらず後ろのバカップルは、むず痒くなるような会話を続けているし。
「わー誰かいるねー……って浅沼さんだ？　よけて避けてー」
　カゴからヒョイと首を出して、知り合いの園部 流花がこちらに叫ぶが、できるならとうにやっている。できるなら──いや、できる！？　頭上の太陽を見上げて、ハッと気が付く浅沼。
「Σ そういや、俺ろっこんあるわ！
　ろっこん使って羽生やしたら、足なくても移動できるわ」
　口笛を吹き、ろっこん【有翼人】を発動させる──ばさり！　背中から鳥の翼が生え、間一髪で宙に舞い上がった！
「ははは、俺頭ええんちゃう？
　おっ、やりぃ！　俺にもテスト用紙が見えたで！（はっし）」
　紙飛行機になって、空中をスイスイ飛んでいた付喪紙が目視できるようになり、片手でそれをつかみ取る。浅沼柳司、ミッションクリア！
「せやけど改めて見ると、空飛ぶ魚ってトビウオみたいやな……（まじまじ）」
　下半身の人魚化までは、解除できなかったようだ。ただし、尾びれから先はろっこんの効果範囲で上書きできたらしく、鳥の鉤爪だけが先っちょに生えているという、何とも珍妙なキメラ生物である。
「おーあっちは……やっと止まったか」
　一方のボールカゴの方は、噴水の外周部分につまずき、１回転して噴水のてっぺんに引っ掛かっていた。放り出された宮田と園部と夏朝の３人は、幸いうまく着水して怪我は無し。
「にゃー　にゃー　にゃー」
　ただし、彼らを追ってきた猫＋中庭にいた猫たちが噴水を囲み、完全に退路を絶たれてしまっている。手にしたテストと彼らを見比べ、しばらく迷っていた浅沼だったが、
「しゃーないなあ、助けたるか。流花もおるし（ばさり）」
　こんなことやってる場合ちゃうんやけどな……とぼやきながらも、噴水に引っ掛かっていたカゴを鉤爪で掴み直し、地上に下ろすと、遭難者たちに乗るように言う。
「ありがとう、浅沼さん」
「かまへん、かまへん……（ふんぎぎぎ！）……って、お前らも乗るんかい！？」
　 園部、宮田、夏朝の３人に加えて、いつの間にやら乗り込んでいる、八十八旗 信彦と瑠璃条 ベガのバカップル２人。
「あれっ、ひこにゃん？　その足、あたしとお揃いになってる！（ぴちぴち）」
「えっ、俺も人魚に変わってるって？　なーに、問題ないよ。
　これで君と一緒に海のデートも楽しめるってことじゃないか」
「わーい、じゃあこれであたしたち、どこでもいっしょにいれるね☆（だきっ）」
「そうさベガちー。王子様も人魚になるハッピーエンドがあっても、良いじゃない？」
「ウッ、ウゼーーーーーーーーーーー！！」
　身体を掻きむしる浅沼柳司、だれか何とかしてあげて！？
　いや、しかし！　八十八旗がさっとプレゼン用のレーザーポインタを取り出すと、その小道具で猫の注意を惹き付けた。ポインタの光点をユラユラ動かして、うまく猫の気を逸らしたのだ。
「（よっしゃ、この隙に）ふんぎぎぎ……！」
　バスケカゴを鉤爪で掴んで動かす鳥人・浅沼。もちろん、計５人の生徒が乗り込んでいるのだ、浅沼のろっこん【有翼人】のパワーではさすがに、空に浮かせることはできなかったが、しかしそのまま地上を転がして、牽引することはできた。
「よっしゃ、動いたでー」
「よし、俺も手伝う！」
　宮田 厚がさらにモップで進路をコントロールし、ようやく猫の包囲網を突破することができた。
「「やったあ！！」」
「ほな、このままプールを目指すでー。
　あそこなら人魚状態でも移動できるし、水を嫌がって猫も入ってきぃへんやろ（ばさりばさり）」


【部室棟付近】

　さて一方、部室棟に向かう途中で人魚化してしまった、後木 真央と桜庭 円の２人はといえば。
「ふぉぉぉ！？　真央ちゃん、食物連鎖の最下位なのだ！」
　やっぱり猫に絶賛包囲され中なのだった。
「うわー、猫いっぱい、なでであげよう、って痛い痛い痛い！」
「静脈の血は確かに動脈より黒っぽいが青くないのだ、
　そして動脈損傷は心臓の鼓動に合わせて大流血致命傷なのだ、ぎゃあ」
　洗濯バサミのように次々と猫に噛み付かれ、真央にいたっては何だか物騒なことを口走りはじめる始末。
「わが人生に悔いなし……でもこれ諺じゃないのだ、ガクリ」
　絶体絶命の２人──そこに部室棟の方からテクテクやって来たのは、神出鬼 没だった。
「〜〜〜♪♪♪」
　あ！　誰か猫にかじられてる！と真央たちを見つけた神出鬼は、まかせろぉ！　とばかりに自分の胸をたたくと、さっと２人の足許にテレポート。
「わわっ、どこから現れたの、オチビくん」
　これが神出鬼のろっこん、【神出鬼没】の能力なのだ。
　おどろく円のエメラルドグリーンの尻尾を指差し、
「♪♪―――♪♪（わーい！　なにそれー？　人魚人魚！）」
　と喜びながら、身体に似合わぬ意外なバカ力（※相撲部所属）で、円を持ち上げようとする神出鬼……（へにょ！）　いやいや、潰れた。神出鬼自身の両足も、人魚になってしまったのだ。
「？！（何これ面白い！　オイラの足までヒレついてるのさ）」
　人魚というか、オチビの神出鬼の場合は丸々と短い、まるで金魚みたいな尻尾である。
「♪♪♪（ビッチビチーのパッタパター♪）」
　でもろっこんで移動できるから問題なしさね！　
　しゅん、と円を抱えたまま、猫の包囲網から抜け出る神出鬼。十数メートル離れた部室棟の入り口に、彼女を瞬時にテレポートさせると、
「わっ、ありがとうだよ、オチビくん！」
　送り届けた円にこくこくと頷き、続いて後木真央の救出に向かおうとする神出鬼──その時だった！
「！！？（ふぎゃっ）」
　忍び寄っていた別の猫にお尻を丸かじりされ、その場で跳び上がる神出鬼。何ごとかとピョンスカ後ろを振り返れば、
『おっ……いや、悪りぃ。あんまり美味そうだったからつい、な』
「ってテオ！？　何してるのさ」
　ガビーーンってなる桜庭円。
『イヤイヤイヤ、俺としたことが。コホン。なに、気にするな……（じゅるり）』
「フギャーー！！？」
　ああっ、何ということだ！　通りすがりのテオまで理性を抑えきれずに、神出鬼の金魚尻尾に噛み付きだした！　円が慌てて引っ張っても、おめめきらっきらでビクともそのアゴを離さない！
「このままじゃダメだ。まさかテオまで食欲の虜に……
　真央ちゃん、オチビくん、ちょっとだけ待ってて！　すぐ戻るから！」
　とダッシュで部室棟に向かう円。一方で神出鬼の方は、テレポートろっこんでしゅんしゅん移動をくり返し、お尻のテオを振るい落とそうとするのだが。痛みで集中できないのか、対象の任意選択がうまく働かない……ついに使用回数が種切れになり、他の猫軍団にまでギャフンとのしかかられてしまった！
「！？！〜〜〜（キュウ）」
「あっ、お魚仲間が大変なのだ！？」
　おネコさまに喰われる運命を、粛々と受け入れようとしていた人魚真央……その瞳が、再びキラン☆と燃え上がった！
「体育科舐めんなし！　足がなくても逆立ち移動位できるのだ！」
　とシャチホコのように尻尾を反り返し、逆立ちで猫包囲網を突破する人魚真央！
「えいっ（ぱくっ）」
　そして金魚オチビの服をかぷっとくわえると、そのままテオたちを振りきり、一目散にその場を逃げ出した！