愛ある全てのものへのダンジョン｜リアクション

愛ある全てのものへのダンジョン

■愛の温度
　愛あるすべての者へ。
　愛あるすべての者へ。
　これは。
　あなたの愛を証明するための冒険です。

　扉を開けると、目の前には密林が広がっていました。
　退くことを許さないかのように扉が消え失せ、周囲からは何かの息づかいが聞こえます。
　木々のずっと先に見える建物を、サキリ・デイジーカッターは何かで見たことがありました。
　四角くピラミッド状に積み上がった石造り。中央の階段が頂上まで続くそれは、何かの墓でしょう。
「あそこを目指せ……ってことか」
　サキリは手の中にある、黒曜石の剣を見下ろしました。

　刃物を最初に持った人類は、きっと人間を殺したかったのだろう。
　そう主張した人がいるといいます。
　それは、動物を殺すのにはとがった石で充分で、動物を払うには火と棒があれば充分だからです。
　けれど石を更にとがらせ、炙り、伸ばし、振る技術を鍛えたのはなぜか。獣を払うよりずっと難しいことを、成し遂げるためである……と。
　それが真実であるかはわかりませんが、少なくともサキリにとって刃物とはそういうものでした。
　自分から全てを奪う存在を破壊するための武器だったのです。

　ヒョウと人間が混ざったような存在が、サキリを取り囲んでしました。
　剣は刀身が長く、柄も少し長いタイプです。
　普段扱うナイフとはまた違う、柄を広く持つスタイルで、サキリは背筋をスッと伸ばしました。
　対象を取り囲むとき。生物は大抵の場合不安がっています。
　一人で成そうとすれば怪我をすると知っている時の形態です。それは人も同じでした。
　目を瞑り、空気を感じる。
　音と空気の揺れを受け取って、サキリは斜め後ろから繰り出される鋭い爪を腕ごと切り払いました。
　反対側からの追撃を反転して打ち払い、返す刀で首をはねる。
　冷たい石の感触が、手になじんで熱を持ちはじめます。
　サキリはこの感覚を、よく知っていました。

　人間の尊厳は簡単に奪えるものだと、サキリは知っていました。
　奪われないためにどうすればいいかも、サキリは知っていました。
　その手段を磨けば、他人から尊厳を奪うことだってできることも、知っていたのです。

　剣の柄が熱く、脈打つような感覚。
　自らの熱が伝わり、こもり、激しい脈拍が反射しているだけなのに、なぜだか剣が生きているかのように感じるこの感覚。
　サキリは連続する高速移動で敵を圧倒し、その全てを切り捨てました。
　崩れた敵たちの屍を背に、階段を上るサキリ。
　小部屋の床を砕き、ロープで下っていけば、そこには広大な部屋がありました。
　それだけではありません。煙を吐く黒くて巨大な鏡が、サキリめがけて襲いかかってきたのです。
　体当たりを高速移動でかわし、剣を赤く光らせました。
　一撃でいい。
　感覚でそうわかりました。
　サキリの剣が巨大な鏡を粉砕し、その勢いのまま床板を粉砕しました。

　転げ落ちる。
　身をひねり、着地する。
　まだ下に何かあったのかと顔を上げ……サキリは苦笑しました。
　それは見慣れた、学校の教室についているような引き戸でした。
「通りで強いと思ったよ、この剣が」
　サキリは扉にてをかけ――。