愛ある全てのものへのダンジョン｜リアクション

愛ある全てのものへのダンジョン

■暖かい我が家が待っている
　愛あるすべての者へ。
　愛あるすべての者へ。
　これは。
　あなたの愛を証明するための冒険です。

　人生のなんたるかを示すのは、西暦を数えて二千年経ついまでも難しいことでしょう。
　けれど愛のなんたるかは、答えることができそうでした。
　岡瀬靖久、５２歳。ダンススクール、インストラクター。
　彼の答えはずっと前から決まっていたのです。

「うおっ！？」
　真っ白い空間から突然草原に投げ出された靖久は、思わず腰から落ちてしまいました。
　痛みが無かったのは土と草のせいでしょう。
　いつもの黒をベースにしたジャージ姿で、目の前にはガラス製の自動ドア。
　分厚く、重く、なぜだか不思議と厳めしい。先に進めばきっと恐ろしい何かが待っているであろうことが、靖久には容易に想像できました。
　とはいえどうしたものか。
　立ち上がって腰の土を払っていると、手の中に暖かい感覚がありました。
　一瞬。
　一瞬で思い出しました。
　初めて娘を抱いた瞬間の暖かさ。
　妻を腕に抱いた時の暖かさ。
　家族の温かさ。
　靖久は扉の意味と、手の中の暖かさの意味を、その時理解したのです。
　両手を翳して強く握れば、ヌンチャクが現われました。黒光りした棍棒が、これまた黒い鎖につながっています。
「へえ、懐かしいな」
　若い人々はもはや知らないかもしれませんが、靖久の若かりし頃、この武器は伝説を持っていました。
　ずっと昔に練習した動きを試しつつ、軽やかに３６０度キックを繰り出してみれば……どうしたことでしょうか。靖久の身体は羽のように軽く、天空を蹴り上げました。
　あまりの高揚感から。
「ホワチャー！」
　と、叫ぶほどに。

　身体はそのままなのに、なぜだかずっと若返った気持ちでした。
　扉の先は、生臭くて薄暗い、お化け屋敷のような森です。
　薄闇の向こうでは獣が走る音がします。
　触れればどうにかなってしまいそうな、恐ろしい色合いの花やキノコがあちこちにありました。
　どこから何が出てくるか分からない。
　深く自由に呼吸をすれば、それだけで身体を壊すような、そんな空間でした。
　靖久自身にも、それは覚えがありました。

　牙を剥いた獣が飛びかかってきます。
　靖久はヌンチャクを振り込み、相手の頭部をたたき落とし、身体を回転させて別方向から飛びかかる獣を跳ね上げます。
　そのまま踊るように獣の群れを蹴散らし、腕に食らいついた獣に膝を入れて気絶させると、鼻の頭を親指でこすって深く息を吐きました。
「こうしてみると、どこも似たようなものなのかもね」
　社会というのは、厳しい場所です。
　子供の頃は好きなことをしなさいと人は言うものですが、いざ好きなことをすれば頭を叩かれるのが常でした。
　仕事と苦痛は同義であり、苦痛であるからには何かしらのはけ口になるべきであると、声ならぬ声が毎日のように言うのでした。
　しかし全て投げ出してお家でお布団にくるまっていれば、それは幸せだったのでしょうか……靖久には、とてもそんな風には思えませんでした。
　例えば妻。
　屈託なく明るい笑顔と優しさで接してくれる妻。
　例えば娘。
　愛らしく育ち、高校生になった娘。
　そんな全てが守れるならば、靖久は戦い続けることができました。

　満身創痍。
　毒まみれの血まみれで、靖久はある扉の前に立っていました。
　見知った扉。
　自宅の玄関。
　夕飯の香りがします。
　傷のついた顔は、自然と笑顔でした。
　扉をあけて、言うべきことは。
「……ただいま」

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