つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　忌竹が四方に立てられると、あたりがほんのりと明るくなった気がした。尽きることなく広がっていたつつもの黒髪が、忌竹で作られた結界の中に押し込められ始めているのだ。結界の外の森に木漏れ日が差し込み始める。
「おのれ……！」
仲間と信じる美桜の宿った日本人形の存在に葛藤し、
「こうなったら、お前たちすべてを一度に！」
つつもの髪全体がきりきりとねじりあがり、巨大な鎌のようになる。ひと薙ぎすれば、この場にいるものは無残に切り裂かれるだろう。同時に疲弊しきった小山内海を、櫛も抜かずに放り投げる。他人に体を酷使され、ろっこんの力までをも使い果たした海は、駆け寄る御剣刀に受け止められた。

「動きを止めるよ！　みんなあとは頼んだ！」
『氷華』
「凍れ！」
　新井すばる、海神湊面、氷華・クルバトフの三重冷凍攻撃で、攻撃動作に入った黒髪の鎌は、放たれる前に完全に凍結された。宙に留め付けられた標本のように、黒髪が凍る。つつもは残ったわずかな髪束を新たな攻撃の道具として差し向けようとするが、それも刀に切り裂かれた。冷たく輝く秋水の名にふさわしい真剣を構え、楪櫻が立っていた。
「お前相手なら加減は必要ないだろう。この『姫鶴一文字』で葬ってやる」
髪のほとんどを凍らせられたつつもは自由に動けない。その足もまた、エレノアのろっこんで動かぬようにされていた。
「今だよ！　本体を攻撃して！」
「櫛を操られたみんなから抜いて！」
到来した最大のチャンス。無限の暴力を封じる氷結に、すべてを焼き尽くす火炎を味方につけ、必ず勝利すると誰もが信じた。

（――炎よ！）
　その光景に、誰もが目を疑った。『仮面の始末人』が尾鎌蛇那伊に直接火を放ったのだ。燃え上がる服を蛇那伊はとっさにはたき落とす。髪の毛の焦げる嫌なにおいと共に、燃え場所を探す炎はめらめらと蛇那伊の頭の櫛に上がっていった。櫛をなめ取った炎はますます高く燃え上がる。
「ちょ、ちょっと!?　それはまずいよ仮面さん！」
新井すばるはビームで蛇那伊の頭の櫛を狙う。炎に焼かれた櫛は急速に冷却され、ぼろぼろの木屑となって落ちた。
「あら!?　……あたし、一体!?　やだ髪がちょっと焦げてる！」
軽いとは言え、放たれた炎で体は軽い火傷を負っていた。しかし我に返った蛇那伊が気に病むのはヘアスタイルと焼け落ちてしまったシャツの始末であった。
「おいやめろ！　味方を燃やすなんて何考えてるんだ！」
炎はもう一箇所から上がった。灯斗南が維都月茉菜から受け取った高純度の酒をかぶり、手のひらの炎を自分自身に移し変えたのだ。燃え盛るトーチとなって、斗南はつつもに突進する。香油のしみこんだ黒髪は、斗南と共に高々と火を吹いた。燃え上がる黒髪、つつもの叫び声。すばるは慌てて冷凍ビームで、斗南の消火も試みる。

「わたしの『ヘイワ』、返してもらうよ？」
　少女の声。維都月茉菜が立っていた。穏やかな印象を持つ彼女の、何かが今は違っていた。誰の答えも待たずに、つつもに駆け寄る。袋から酒瓶を取り出し、栓を抜くと黒髪に一気に振りかけた。マッチをすって、火を放つ。たちまち黒髪の上のアルコールがめらめらと燃え上がる。ところが、かなりの高純度のものだったのか、髪が焼ける前にアルコール自体が燃え尽きていった。思うように燃えないと知ると、茉菜は黙って次の瓶を空け、酒を振り掛ける。下草に残りの酒を撒き、火の壁を作るとすかさずその向こう側に回り込む。
「焼かれたら刺せないわよね？　これならどう？」
茉菜の挑発は真実で、彼らに伸びる黒髪は硬質化する前に炎の壁に焼かれてぼろぼろと落ちた。茉菜の顔にはいつもの穏やかな笑みはない。ひたすら冷徹で残酷だ。
（維都月さん!?　いつもと違う、どうして……）
彼女を知るものはみな、その変貌に驚きを隠せなかった。