泣く声がする。少女の声だ。真夜中だというのに、
七夜 あおいはそれに気づいて目を覚ました。
――ああ、かなしい。かなしい。
あおいはそっと部屋を抜け出して、声を探した。
――かなしい。くやしい。
声は外から聞こえる。細い嗚咽を聞いていると、ぜひともその声の主を確かめなければと、そんな気がしてきた。あおいは手早く髪をまとめ、靴を履く。憑かれたかのような勢いで寝子高の横を通り、山道を登り、そして落神神社に至った。そこにいたのは自分と同じ年頃の娘。現代とはかけ離れたイメージの和装、結い上げた黒髪に櫛を数枚挿している。両の目からはとめどなく涙が流れていた。あおいは声の主に違いない娘に声をかける。
「こんばんは。あ、あなた……誰?」
「つつも」
娘は短く答える。
「つつもちゃん、か。どうして泣いていたの?」
「かなしくて。くやしくて」
「ね、よかったら話、聞かせて?」
うつむく娘の長い髪が顔を覆う。痛ましげな様子の娘にあおいは思わず近づき、手を伸ばした。途端娘が顔を上げる。その形相は激しい怒りを表していた。
「そして、うらめしくて!」
黒髪がばらりと解ける。まるでそれ自体が生き物であるかのように伸び、うねって、あおいの両手を絡め取る。髪の束は顔にまで伸び、口をふさいだ。
「うらめしい。ああうらめしい。人間など。人間など……」
娘の髪は鋼糸のように固く強く、振り払うことはできなかった。息が苦しい。むせ返るような香油の香りがする。娘はあおいをさらにきつく締め付けた。ぎりぎりという音と共に、あおいの手からだらりと力が抜けて行く。
だが、残酷な笑みを浮かべていた娘の目が驚きに見開かれた。
「話を聞かせてって、言ってる、でしょ……!」
顔を覆う黒髪の波が、ぶちぶちとちぎられていく。恐るべき怪力を発揮して、娘の髪を引きちぎっているのは、拘束されていたあおい自身だった。窮地に追い込まれた彼女は、宿したろっこんの力『カジバオトメ』を発揮した。つかんだ黒髪の束を投げ捨てると、それはざあと夜風に吹かれてかき消える。
「何が目的なの? どうして私を呼んだの? 答えて!」
長い髪の半分以上を失った娘はよろめく。答えることなく、殺意を込めた目であおいをにらみつけた。
「髪が……!?」
見る間に髪は元の長さを取り戻す。そして再びあおいに向かって、目にも止まらぬ速さで襲い掛かった。今度は両腕のみならず、両足をも絡め取られる。
「あがくがいい。何度でも……」
あおいが必死に髪の戒めから脱出し、娘が逃げる間も与えずあおいを捕らえる。それが何度繰り返されただろうか。とうとうろっこんの力は尽き、あおいは体の自由を奪われてしまった。髪を乱暴に引っ張られると、ヘアゴムが弾け飛ぶ。
「離せ! 離してよ!」
「お前、おもしろい力を持っているわ。……私のものになりなさい」
娘は、髪に挿していた櫛の一枚を抜き取り、あおいの髪に挿す。美しい桜模様の塗り櫛が髪に沈み込んでいくと同時に、あおいの目から光が失われていった。
(だ、誰か……たす、け……)
「あれ? あおいちゃんは?」
「七夜さん、どこ行っちゃったの?」
朝、桜花寮の寮生たちは、忽然と消えてしまったあおいを探す。制服はハンガーにかけられたままだ。
「ねえ、あれ何? 山のほう……神社のあたり……」
一方寝子高では、異常事態に気づいた生徒たちが沸いていた。視力のよい者なら見えたであろう。指差す先では、緑深い九夜山の中、境内付近の開けた場所に、巨大な黒い塊が立ち上がっていた。
『九夜山に巨大怨霊出現なう、見たら絶対呪われる ((((゚Д゚))))』
噂好きの生徒たちは『ねこったー』やネットを通じて、たちまちその異様を画像つきで広めてしまった。その黒い恨みの巨体の中に、あおいが囚われていることは、今はまだ誰も知らない。
【シナリオ概要】
荒れ放題の落神神社は神性を保つ場としての力が弱まっており、時に悪意を持った存在のよりどころと化してしまうことがあるようです。この「つつも」と名乗る少女もそうして神社にやってきた"もの"のひとつ。彼女は人間に恨みを持つ妖怪です。(これについてはキャラクターは知っていても、知らなくてもよいこととします)嘆きの声に最初に気づいた七夜 あおいが狙われ、捕らえられてしまいました。自分の声を聞く人間が現れたことで却ってつつもは怒りを燃え上がらせ、積もり積もった恨みや不満を暴力で晴らそうと考えています。
皆さんはあおいの失踪と九夜山の黒い影が関係あると気づいてもいいですし、気づかないところからスタートしてもかまいません。
落神神社付近でのつつもとの対決、あるいはあおいの救出がシナリオの主眼となります。これ以外のロケーションにいるキャラクターは、描写が大幅に少なくなります。
【つつもについて】
15~16歳ぐらいの少女の姿をした妖怪です。長い黒髪に黒い瞳、白い肌の美少女ですが、心の中は人間への狂気じみた恨みでいっぱいになっています。何が彼女をそこまで狂わせたのでしょうか。頭に塗りや蒔絵の美しい櫛を何枚か挿しています。
つつもは怒りで判断力を失っています。また、冷静になれたとしても人間とは違ったものの考え方を持っています。説得は非常に難しいでしょう。非暴力の姿勢で近づいても、つつもは必ず攻撃して来ます。話を聞くにしても、殴って黙らせるのが先になるだろうことを、あらかじめお話しておきます。
【つつもの攻撃方法について】
つつもは長く伸びた髪で自分をよろい、20メートル超の黒髪の塊として落神神社の境内(だった草原)に立っています。侵入者があった場合は、地上に降りてきます。
彼女の攻撃手段は無限に伸びる黒髪です。髪は伸ばしたり、動かしたりしている最中は普通の毛髪と変わりありませんが、高速で伸び、目標にヒットした瞬間に剛性ワイヤー並みの強度に変化します。これで突いたり、切ったりするのが通常の攻撃方法です。もし根元から髪を刈り取られても、瞬時に新たな髪が生えてきます。つつもは一度に三人のキャラクターを攻撃できます(ロールプレイングゲーム風に言えば、一ターンに三回攻撃をします)。肉体自体は歳相応の少女のもので、人間並みの性能です。
彼女は怒りに狂っていますが、その攻撃は単純ではありません。弱そうな者、回復行動が可能な者に気づいた場合、そのキャラクターを狙おうとします。「ひと」であっても容赦はしません。また、「助け合い」「癒し」は彼女がもっとも嫌うキーワードです。そう言った言葉を連想させる行動を起こしたものも、優先的に狙います。
【囚われたあおいについて】
七夜 あおいはつつもが挿した櫛の力で、意に反して操られている状態です。呼びかけてもあおいとしての反応はありません。この状態のあおいは、本人の体力が限界に達するまでろっこん『カジバオトメ』(人間とは思えないほどの力が両手に宿る)を発揮します。両足の攻撃力は普通の少女並みです。操られているあおいは、近くにいる敵対者への攻撃を試みるほか、つつも本体の攻撃を盾になって防ごうとします。
【つつもの特殊攻撃について】
戦力的に大いに劣る(参加キャラクターが21人以上いる)場合、つつもは自分の頭に挿している櫛をキャラクターの髪に挿し、あおいと同じように操ろうと試みます。あおいを除いて、追加で操るキャラクターの数は五人程度になる予定です。つつもの特殊攻撃を回避できなかったキャラクターは、マスターが敵として動かす可能性があります。ろっこんを使用する可能性が高くなりますが、強度はキャラクターのものと同じです。
この役割については立候補、または絶対拒否をアクション内で宣言できます。絶対拒否をなさった方のコントロールを奪うことは決していたしません。立候補された方は、敵の手に落ちる側のアクションを考えていただくことになります。ないとは思いますが、数が多い場合は抽選になります。
【その他の情報】
あおいと同室の野々 ののこはあおいの不在に真っ先に気づいた生徒の一人です。が、そのことを寮生に伝えたあとは、独自に彼女がよく行っていた店や部室など、見当違いの場所を友だちと一緒に探しています。今回のシナリオでは、舞台はほぼ落神神社前に固定されますので、ののことの接触はリアクションに描写されません。アクションに書かれていても反映されません。ご注意ください。
【その他の情報 2】(『ひと』や非戦闘型ろっこんを持つキャラクター向き)
つつもにはいくつかの弱点があります。弱点を狙う行動を取れば、シナリオに貢献することができるでしょう。
弱点の中で唯一明確なものが、寝子島神社にある忌竹(いみたけ)です。忌竹の情報を手に入れ、正しい方法で使うことができれば、つつもを少しだけ弱体化することができるでしょう。忌竹を何本手に入れても、効果が発揮されるのは一回だけです。キャラクターが忌竹のことを最初から知っていたことにするには、納得のいく意味づけが必要になります。
長々と書きましたが、要するにバトルシナリオです。
暴れてください。わたしも、暴れます。
シナリオの限界ボリュームに挑戦して、みなさんの活躍を書かせていただきます。
行動結果によっては、キャラクターは負傷する可能性があります。