つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

　昼間だと言うのに、落神神社には闇が立ち込めていた。天候や時刻が原因なのではない。今、この場所を黒々と覆うものは、髪。荒れ狂う波のようにうねり、また次には束となって膨れ上がり、空間という空間を埋め尽くす、魔障の生み出す漆黒の髪であった。苔むし、雑草に埋もれた手水場も、破れた紙垂（しで）のぶら下がる注連縄も飲み込んで、渦巻く黒髪は巨大な繭のようになって境内を支配していた。
　その中心にいるのは伏し目に恨みを宿らせて立つ、少女の姿をしたもの。整った顔立ちにあでやかな着物、細工の見事な櫛を髪に挿し美しく着飾っているが、その姿からは人にはありえないまがまがしい気が発せられていた。歳若の娘に見えるその何かは、傍らの少女に目をやる。揃いの絢爛な櫛を明るい栗色の髪に挿した少女は、結った片方が解けてしまったまま、我を失くしてただ立ち尽くしていた。黒髪の娘のようなもの――名をつつもと名乗った――は、傍らの少女、七夜あおいに手を伸ばす。白い片手があおいの頬をつかみ、乱暴にひねる。あおいは何の反応も示さない。
「他愛もないこと。所詮人間など、こんなものか」
つつもはあおいの頬に爪を立てた。柔らかい少女の肌にぎりぎりと力を込めると、やがて血が流れ出した。愛らしい顔を血で汚されても、あおいは呆然とどこかを見つめるままであった。しばらくの間、傷ついたあおいをもてあそんでいたつつもは、はっと顔を上げた。忌々しそうに、黒髪の壁で閉ざされた向こうを見つめ、あおいを突き飛ばす。あおいはよろめき地にひざをついたが、あらぬ方を見やったまま、のろのろと立ち上がった。
「うらめしい。憎らしい。人間たちに、必ず復讐をしてくれる」
つつもは忌々しい気を感じ取った方向に指を伸ばす。見えない目印に導かれるかのように、あおいは娘が指す方へと進んだ。

「ああん？」
　パーカのポケットから鳴るファンシーな着信音に気づいて、犬神花梨は携帯を取り出した。
「ひーちゃんからか」
『花梨助けて！　あーちゃんが落神神社の妖怪退治に行くって飛び出して行っちゃった！　お願い、一緒に来てて！』
『あーちゃん』とは、もちろん花梨もよく知る晴海飛鳥のことだ。怪異や超常現象には目のない飛鳥が、今朝現れたばかりの妖怪騒動に惹かれて、メールの主『ひーちゃん』こと、神無月ひふみが止める間もなく行動を開始してしまったらしい。
「妖怪ィ？　ひーちゃんの奴、なに言ってん……思いっきり変なの出てんじゃねーか！」
果たして九夜山を見れば、あれが妖怪かと一目で分かるような黒い塊が山の中腹に立っている。普通の人間ならあまりの異様に唖然とするほかない光景だが、花梨はしばし神社の黒い影を見つめると、目をぎらつかせ、にやりと剣呑な笑みを浮かべた。即座にメールに返信する。
『おもしろくなってきた！　万全の準備で行ってやるぜ！』

「よかったぁ。花梨が来てくれるならなんとかなる……はず……」
　すぐさま返ってきた花梨からのメールに、ひふみは胸をなでおろした。花梨の『準備』はおおかた武器の確保だろう。三人で行動するのはほぼ決まりだからいいとして、自分は何をしたらいいだろう。ひふみは眉根を寄せて考える。
「ううー。あーちゃんが言ってた……あの神社の黒いのは、怨霊なんだっけ？」
朝起きたことはあまりにも急で、めまぐるしくて。飛鳥の言っていたことが正しく思い出せない。
「竹が……うーん？　ああ、もういいや！」
現地に行って飛鳥を捕まえればなんとかなる。ひふみもまた、落神神社へ向けて駆け出すのだった。

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