つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

「他の櫛はきれいなままなんだな。妖怪がまだ宿っていたら危ない。壊してしまった方が……」
「まあまあいいじゃねぇか。おっ、なかなかきれいな柄だな。古い櫛なんてダセェと思ってたら、案外かわいいじゃん」
かわいいものに目がない犬神花梨が、櫛のひとつを拾い上げた。彼女の目のように赤い漆塗りに、金で川の流れが、桃色で風に舞う桜が描かれている。
「これは俺様がいただくぜ」
「妖怪がついているかもしれないよ？」
晴海飛鳥は花梨をちゃかす。
「バッカ言え。いつでもいちばん強ぇのは、生きてる人間様なんだよ。また出てきたら、ブッ潰しゃいい」
花梨は地面に落ちた残りの櫛も品定めする。伝統的なシックな意匠は、花梨のお気に召さないようだ。
「ほかはちぃと古臭すぎるな。欲しい奴が持ってっていいぜ」
「ワタシ、これー！」
御薗井Ｅセレッソは、一枚の櫛を選んで拾い上げた。彼女の赤い髪とは対照的な、黒いシックな梅の絵柄。湊面は自分の手に残った『姉妹』を見る。黒字に雅な螺鈿細工で、鼓と花がデザインされていた。
「つよーい髪に挿さってたクシ、ワタシの髪もとかせるかもネ」
それに、下宿のおばーちゃんが喜んでくれるかも。セレッソは無邪気に笑うのだった。

（お金持ちの子のものだったのかな。どうして、いらなくなってしまったんだろう）
もう海神湊面の問いに答えられる者は誰もいない。肩を叩かれ、振り向くと氷華・クルバトフが幾分ばつの悪そうな顔で立っていた。
「突然すまない。その……氷華と戦いの最中に呼ばなかったか？」
「ああ、えっと……あれはうちのろっこん発動のキーワードなんです」
「そうなのか。実は私の名も氷華と言うんだ」
不思議な一致、氷の華のめぐり合わせに、二人は目を見合わせ微笑む。
そのそばでは灯斗南がやりすぎだとどやされていた。
「このぐらいやらなきゃ、あいつの注意は引けなかった。俺とあいつが燃えてる間、動きは完全に封じることができていただろ？」
斗南は平然と答える。常軌を逸した判断に、周囲は唖然とするほかなかった。

「そうだよ、ぜんぶ、燃やしちゃえばいいのに」
維都月茉菜の声。茉菜は残りの櫛をかき集め、火を放っていた。周りの驚きをよそに、どこまでも冷淡に続ける。
「維都月さん!?」
「もうつつもはいないんだ。そこまですることないじゃないか！」
「ダメだよ。私の『ヘイワ』を壊そうとした。つつもちゃんは許せないの。その仲間も、許さない。許さない。許さないよ」
熱に浮かされたようにあらぬほうを見て許さないと繰り返す。斗南はその様子に危険なものを感じ取った。
「おい。……おい、維都月」
斗南が肩に手をかけ、軽くゆする。茉菜は答えない。
「維都月！」
強くゆすられ、夢から醒めたように茉菜は、はっとする。くすぶる櫛を見ると、かたかたと震えだした。
「わ、私……何、を……こわい……！」
斗南は茉菜本人ですら自覚していなかった、眠る本質がこの少女にあるのだと知った。自分が知るより、もっと深い、重い何かを抱えている少女は、今は幼子のように不安がり、自分がしでかしたことに震えている。
「気、済んだだろ。ほら」
かがみこんで背を向けてやる。
「そんなガタガタ震えた足じゃ歩けねぇだろ。おぶってってやるから」
素直に従う茉菜を背におぶって、斗南は神社を後にする。この場所は茉菜にとって、恐怖と結びついた場所になってしまうかもしれない。ここから早く、連れ出してやりたかった。短い帰路ではなかったが、二人は何も言葉を交わさなかった。

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