つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

「おろかな！　許さぬ、最後の一人が倒れるまで、私は人間を許さぬ！」
つつもは場のすべてを多く、妖異の黒髪を振るいながら叫び続けた。ひとり、またひとりと、おかしな力を使う若い人間を貫き、地に叩き伏せた。面倒そうな連中は、櫛の力で虜にしてやった。役立たずになった者は投げ捨て、新たな駒を調達した。敵のしつこさには手を焼いたが、奴らは『疲れる』生き物だ。いずれ自分が勝利するということを、つつもは疑っていなかった。
　なのに、この満たされぬ気持ちはどこから来るのか。人間を気の済むまで痛めつけてやりたいとずっと願っていたのに、それが叶ったこの日の喜びは瞬く間にしぼんで行ってしまった。
（この苛立ちを、どうすればいいのか。この場にいる人間をすべて殺せば、私の心は晴れるのか……！）
「やめて。……もうやめて」
長い髪の先を、何かが引く。自分に対して、この期に及んでいまさらやめろなどと言うものがいる、それも知らぬ間に間近まで来て。声のした先を見たつつもの顔には初めて、驚きというはっきりとした表情が浮かんだ。
「君の穢れは私が祓おう。君の怒りは私たちが鎮めよう」
髪型や装い、そしてその本質までもが自分によく似た『もの』――鬼久保美桜が憑依した日本人形が、つつもの足元に控えて請うていた。つつもは動けない。これが人なら、乱暴に払いのけ、髪で二度と動けなくなるまで貫いてやるのに、できなかった。
「お前は……どうして……」
おののくようにつつもは言葉を搾り出す。
（話を聞いてくれている。今なら……！）
「お願い。怒りを静めて」
美桜の宿った日本人形は、つつもにさらに近づき、その足元に抱きついた。もしつつも自身も日本人形の付喪神なら、人形から人形へ自分の魂を移すことができるかもしれない。試したことのない賭けだった。しかし、何も起こらない。
（つつもは人形ではない？　それとも私の力の限界か……）
つつもはそっとかがみ込み、日本人形になった美桜を抱き上げた。この場にいる誰にも向けたことのない悲しげなまなざしで、美桜を見る。
「なぜそんなことを。なぜいまさら。できるわけがない。お前だって、捨てられる時にわかる……！」
刃と化していない、柔らかなままの黒髪を振る。頭を抱え、つつもは葛藤に苦しみだした。

「えーい！」
御薗井Ｅセレッソの声がした。
「なっ……御薗井!?」
よく知る顔に御剣刀が驚いて叫ぶ。このような危険で邪悪な場所に彼女がやってくるなど、考えられないことだった。
「神社の髪さま！　神さま？　とにかく、髪の毛と櫛がいっぱいナノ！　お掃除するワ！」
つつもの長い長い黒髪に、セレッソは持参してきたデッキブラシを叩きつけた。そのままブラッシングするように毛先に向けてなぞり始める。
「お水もかけてブラッシングするノ！　……ってこれは、ブラシはブラシでもデッキブラシなのヨ！　大丈夫カシラ」
「何言ってるんだ！　大けがしちまうぞ、そこから離れるんだ！」
「そうよ！　こいつは、つつもは人間を憎んでいるんだから！」
橘勇が、神無月ひふみが、大胆無謀なセレッソに必死の警告を送る。だがセレッソは引かなかった。
「ショシカンテンツで行くノ！　ワタシはお掃除に来たからお掃除するノー！」
さらにばしゃりと水をかける。そして苦しむつつもの髪をブラッシングし始めた。
「キレイにしましょうネ。黒髪、つやつや、クシでとかしテ！」
その言葉、その行動に、反撃するどころかつつもはさらにもがき始める。まるで呼吸を忘れたかのようにぱくぱくと口を動かし、ゆっくりとセレッソの方を向いた。
「危ない！」
だが彼女に向けられたものは攻撃ではなかった。つつもは苦しみながら、セレッソにあえぐように懇願する。
「やめろ！　私を清めるな！　清められれば……私は、人間を、憎めなくなってしまう！」