つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

「深雪！　あそこに七夜が！」
後方からエアガンで援護していた八神修は、いち早く七夜あおいを見つけ出した。ありがたいことに志波武道がなるべく遠くにおびき寄せてくれている。
「七夜！」
修は霧生深雪の反応を待たずに駆け出していた。銃はとっくに投げ捨てている。
「七夜！」
あおいは無表情に武道に攻撃を繰り出していた。右肩を『スイ・マー』で突かれ、だらりと腕が下がる。髪がほどけて乱れ、頬には乾いた血が涙の跡のようにこびりついていた。
「あおい!!」
修は冷静さも理論も何もかも投げ出して、いまだ豪腕の力の失せぬあおいの肩をしっかりとつかんだ。使おうと思っていた、懐のスタンガンが地面に落ちる。
（スタンガンなんか使えない！　こんなにぼろぼろになっているのに……！）
あおいはうつろな瞳のまま、自由の利く左手で修の肩を殴った。ごきりという嫌な音がする。
「ぐっ……」
（離さない、離すもんか！）
「正気に戻ってくれ、あおい！」
『カジバオトメ』の力で突き転がされた。それでも修は立ち上がる。何度でもそうするつもりだった。
「悪いな。お前の相手は後だ！」
修の声を聞き届けて、深雪はきびすを返す。ろっこんの力はいまだ有効で、すぐにもみあう修とあおいの元にたどり着いた。修は何度転がされても、死に物狂いであおいの動きを押さえようとしていた。深雪はあおいの背後に回り、羽交い絞めの形であおいの動きを封じる。突如あおいは狂ったようにばたばたと暴れ始めた。
「シュウ、今だ！　櫛を抜け！」
深雪は脇を見た。操られた尾鎌蛇那伊が迫ってきている。腕を封じたあおいの力はもはや脅威ではないが、暴れるせいでうまく抑えきれない。
「早く！」
修はとっさにあおいの左手を押さえ込む。残った右手であおいはもがくが、『スイ・マー』の麻痺の効果で十分に力を発揮できない。それでも足でどすどすと蹴ってきたが、修は負けじとすばやく頭から櫛を引き抜いた。
ゆっくりと光の戻るあおいの目からは涙があふれ出し、とめどなく頬を伝っていく。まぶたがゆっくりと閉じ、前のめりに倒れ掛かる体は修にしっかりと抱きとめられた。
「七夜連れて下がれ！　俺はこいつを何とかする！」
深雪の声に修はうなずき、あおいをおぶって場を離れる。ろっこんの力はいま少しもつようだった。蛇那伊はその巨体からは考えられないほどの跳躍力で、宙を舞い深雪に躍りかかる。
「きやがれぇ！」
深雪は蛇那伊の腹をめがけて横ざまにバットをスイングした。すさまじい一撃であったはずだが、蛇那伊は低く声を漏らしただけだった。金属バットが腹部にクリーンヒットした蛇那伊は、瞬間的に筋肉に力を込めて、肉の鎧でその衝撃の多くを防いでいたのである。深雪の一撃を受けきった蛇那伊は反撃に転じる。すばやく体をひねったかと思いきや、強烈な回し蹴りを繰り出した。深雪はとっさにバットを横にして防ぐが、あまりの衝撃にそのまま跳ね飛ばされる。背中から倒れ、地面を滑る中、深雪が感じているのは恐怖ではなく、残忍さに似た高揚だった。
「くっ……。車に跳ねられたってこんな飛ばねぇぞ！」
バットを杖に立ち上がる頭上には、もう蛇那伊が迫ってきていた。不思議な構えの後、手を広げ鳥のような姿で飛来する。深雪はひざ立ちのまま、『破壊の旋律』のパワーを乗せて力いっぱいスイングする。
「宙にいるんだ！　かわせねぇだろ！」
すると蛇那伊は空中で体を振り、戦闘機のロールのように体の向きを変え、スイングの軌道から体幹を逸らす。バットの先ででわき腹を削られながらも、加速と重さに、回転の力を加えた渾身のパンチが振り下ろされた。深雪はバットを投げ捨て、自分もまた拳を突き出す。
（ここまで近づかれちゃよけ切れねぇ……勝負だ、ちきしょう!!）
蛇那伊の拳は深雪の鎖骨を砕き、深雪のパンチは蛇那伊のこめかみに突き刺さっていた。衝撃で頭の櫛が外れ落ちる。
「は、は……時間切れ、か……」
（シュウ、後で、な……）
『破壊の旋律』の力が失われ、手足が抜け落ちそうなほどの虚脱感が襲う。折れた左の鎖骨周辺は感覚がなかった。櫛の呪縛を逃れた蛇那伊と深雪は、ばたりとその場に倒れ伏した。