つつもすすはらいて｜リアクション

つつもすすはらいて

「あおい！　……七夜！」
七夜あおいは八神修の必死の呼びかけに、一度だけ目を開いた。
「あ……私……？」
「しゃべらなくていい。今は休んでいていいんだ」
修は水で湿したハンカチで、そっとあおいの頬をぬぐう。血や泥と一緒に、妖怪に支配された記憶も拭い去ってやりたかった。体中に細かい傷があるのを見ると心が痛む。
「あおいちゃん！」
綾辻綾花が涙を流しながら駆け寄る。その手には、長い忌竹を持っていた。同行していた刻人・F・ミセリアは少し離れたところでその様子を見ている。
「あおいちゃん、あおいちゃん……よかった……！」
綾花はリボンで、そっとあおいの解けた髪を結ってやる。いつも通りの髪型で、深く眠るあおいに綾花と修は心から安堵するのだった。

　実はこの戦いの最中、落神神社の古びた社殿の中には人が入り込んでいた。妖怪への憎しみや闘志、殺気というものを一切持たない鬼久保美桜の動きは、激情と非情が渦巻くこの特殊な戦場では誰にも気づかれることがなかったのである。
「つくも……九十九……付喪神……？　たぶん、そう」
美桜はある種の確信を以って、祭祀品が乱雑に散るままにされている本殿の中を調べていた。だが、暗くてよく分からない。神社は長い間、年中の神事すらも行われなくなって久しいのかもしれなかった。
「大切に扱われなかった物、は付喪神になって祟る……」
きっとあの娘はそうなのだ。木格子戸の間から美桜は妖怪ともれいびたちの戦いの様子をそっとのぞいた。火の能力者がいるのだろう、瞬間的に炎で薄暗い戦場は赤くまぶしく照らし出される。美桜の目には、先にだけ葉のついた長い竹を持つ寝子高生と、妖怪つつもや、彼女の操る者たちの髪に挿された櫛がはっきりと見えた。
「忌竹……」
実家の方では地鎮祭などで、四方にこの竹を立て清めの結界のようにしていたことを思い出す。
「竹が穢れを吸ってくれて……あとで焼いて祓うはず……」
戦いは当分終わりそうにない。もれいびたちには疲れが見え始めていた。それは操られている立場の者たちも同様だった。つつもは体力の限界に達した者を道具のように使い捨て、新たな駒を手に入れながら攻撃を続けていた。体の弱い美桜では、この戦いにはとても参加できない。誰もが、妖怪すらも気づかないくらい、彼女の生命力は弱くはかないものなのだから。
「櫛……付喪神なら、依代があるはず……」
みんなろっこんで戦っている。自分も、ろっこんの力で手助けができれば。美桜は大切にしている小さな日本人形を取り出した。美桜はつつも自身もまた、人形を拠り所にしているのではないかとも予想した。だが、確かめる方法がない。彼女のろっこんを使えば可能ではあるが、予想が外れた時には大けがでは済まされない結果になってしまう。
「だからまずは……」
（お願い。私の力になってね……）
美桜は日本人形を優しく抱きしめる。怒る者、戦う者、傷つけあう者すべてを抱きしめるように。わずかな後、つつもによく似た髪形の日本人形はかたかたと動き出し、美桜の腕から自ら滑り降りた。魂を失った美桜の肉体はどさりと社殿の床に倒れる。ろっこん『オ人形遊ビ』の力で、彼女の魂は日本人形へと移ったのだ。人形に憑依した美桜は、ぎこちない動きでわずかに開いた扉を体で押し、外に出る。小さな足で、少しずつ、少しずつ、荒ぶるつつも、つくもがみの方へと歩いていった。