並走せよ！　暁の神速ランナー｜リアクション

並走せよ！　暁の神速ランナー

　いつものように並んで歩く。小山内海は自分よりずいぶん高い位置にある御剣刀の横顔を見ていた。
「また一緒に並んで走りたい、って言ってるんだってな」
刀はつぶやいて歩くスピードを緩める。海が答えを書く余裕を与えるためだ。
『しんそくランナーのこと？』
「ああ。最近やたら出没してるらしい」
『きになる？』
うなずく刀に、海は答えた。
『わたしも』
「俺は、そいつと一緒に走ってみようか……と思ってる」
海はぱちくりと青い瞳を瞬かせた。
「例の幽霊は車並みの速度なんだろ？　ただ並んで走りたいと言うだけとは何か違うと思うんだ。ライバルであり友人であった相手と走りたいと言うのなら、速度を落として走ってくれるだろう。だが……今もアスリートとしての誇りがあるなら……」
相手に全力を出させて併走させなければ、その誇りは満たせないのではないか。そう刀は海に言った。長距離走者として寝子島街道を走りきるため、早朝のランニングコースは神速ランナーが出る街道に変更。コースを全力疾走して幽霊に挑むというのだ。幽霊、神速ランナーの走る速度は時速70kmほどに達するとも言われる。それでも、刀はやると決めていた。
『がんばって』
海はそれだけを伝える。
「ありがとな」
刀の答えもシンプルだった。
（私もやれること、ありそう。うん、決めた）
刀にはまだ内緒で、海は秘密の計画を立て始めていた。

　梅雨の季節ににわかに沸き立つ神速ランナーの話題は、ゴシップには無縁と思われる者をも惹きつけた。
「また一緒に走りたい……かぁ。それがランナーさんの夢、なのかなぁ」
薄野五月はぼんやりと考える。
死後も持ち続けられるほどの強い夢を持つって、どんな気持ちなのだろう？　
未練を残してこの世に留まってしまうほど、強い夢。
どんな生涯を送れば、そんな夢を持てるのだろう？
（なんだか、私とはずいぶん違う気がします）
自分の人生は『あたりまえ』のことばかりで作られているように感じる。それに不満も不安もないけれど、何か足りない、そんな気がし始めていた。頬杖をついて、誰も見ていないテレビを見る。昔ながらの蕎麦屋を営む実家の、店舗部分の椅子に五月はかけていた。もう店じまいの時刻で、客は誰もいない。画面に映る天気予報は、向こう数日は雨模様だと告げていた。
「明日も、また雨なんですね」
夢を心に、二十年以上も同じ場所を走り続けているランナーに、五月は会ってみたいと思い始めていた。