並走せよ！　暁の神速ランナー｜リアクション

並走せよ！　暁の神速ランナー

「おいおい、聞いたか？　神速ランナーの話」
「幽霊でしょ？　今月に入ってからやたら出るらしいよね。梅雨のせいかなぁ」
「俺朝起きられないから、一生見るこたぁないだろうなー」
　学内食堂では、ゴシップ好きな学生たちが幽霊ランナーの話をしている。刻人・F・ミセリアは参考書に熱心に目を通す素振りをしながら、彼らの会話に聞き入っていた。
（大学生としてこの場にいられたのはラッキーだね。さてと、彼らはもう少し有益な情報をしゃべってくれないものかな？）
「そういえばさぁ、テニサーの高峰たち。打ち上げの後ふざけて299号線に行って、バイクでランナーに並ぼうとしたらしいよ」
「えーやだ。どうなったの、それ？」
「決まってるじゃん。ランナーの怒りを買ってガッシャーン！　だってよ」
「両足、くじいたらしいぞ」
ぎゃははは、といささか下品な笑いが響く。痛い目に遭うものは出るものの、命が取られるわけでも、一生祟られるわけでもない。誰でも見られる幽霊が、小さな不幸を持ってくる。それを無責任に思い切り笑うのが、彼らには楽しくてたまらないのだろう。オカルトに興味がない島民にも、神速ランナーの噂が広く知られている理由のひとつだった。
（ふうん、なるほどね。ランナーコンビのうち一人が死に、もう一人は失踪か。そして生ける伝説となって島に残り続けているんだね）
刻人は心の中でうなずく。
（観測対象としてはどうにも物足りないけど……気にはなるかな。たまにはこういうのもいいよね）
しおりも挟まず、分厚い参考書をぱたりと閉じる。伸びをして、刻人はキャンパス敷地内の図書館へ向かった。

「ああ、今の僕はとても学生らしいねえ」
くくくと笑みが漏れる。図書館の端末で刻人が検索しているのは『木天蓼大学　陸上　事故』のキーワードで絞られる記事だ。すぐに過去の新聞記事や、地方の情報をカバーする広報の複製が見つかった。
「あった。二十四年前か……」
刻人は丹念に記事を読み進めていく。
『早朝の寝子島街道で大学生がはねられ死亡』
『期待の星散る　無念の声高く』
見出しは淡々と過去の悲劇を伝えてくる。交通事故で命を落としたランナーの名前は石田とわかった。広報誌の記事では当時の陸上部の顧問が追悼記事を寄せており、パートナーの名前もそこで判明した。
「小島さん、か。陸上部誌みたいなのは残っていないのかな」
図書館には部やサークルの記録はさすがに保存されていないようだ。ならば、と刻人は席を立つ。
「陸上部の部室はどこだったかな……」