Mother's Day でやりたくなる｜リアクション

Mother's Day でやりたくなる

　旧市街の寂しい路地を鬼河内萌が肩を落とした姿で歩いている。長いポニーテールを結んだ大きなリボンもどこか萎れて見えた。愛らしいゴシック調のドレスも今の彼女を励ますことは出来ないでいた。
　ふらふらと身体は揺れて自動販売機に寄り掛かる。涙目となって僅かに覗く青い空を見上げた。
「今日は巨乳の日なの？　おっぱいの大きい人がいっぱいだよ。おっぱい革命が起きたなんて聞いてないよ、ボク」
　萌は胸に手を当てた。感触を確かめるように摩ってみる。がくりと頭を下げた。
「ボクでもよくわかんない、ちっぱいだよ」
　大きな溜息を吐いてとぼとぼと歩き始める。その足が止まった。握り締めた拳がぷるぷると震える。
　いきなり仰け反って叫んだ。
「ユウくんが邪悪な巨乳に取られちゃうよ！」
　萌は血走った目で指を折る。知り合いの名前を挙げていく。その都度、巨乳もげろ、と呪いの言葉を吐き出した。
　――でも、待って。ユウくんが巨乳好きとは限らないよね？　小ぶりで形の良いおっぱいが好きかもしれないじゃない。
　思考は中断した。萌は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ボクは三十七センチのちっぱいなんだよ。小ぶりよりも酷いのに安心なんてできないよ！　ああ、どうしたら」
　身悶えるような苦しさから突然に解放された。萌は頭の中に閃いた考えに目を丸くする。そうだよ、と力強い言葉を発した。
「ユウくんを取られる前に、巨乳を取っちゃえばいいんだよ！　巨乳狩り、出動だよ！」
　凄まじい笑みを見せた。愛らしい八重歯は鬼の凄味を帯びた。
「巨乳はどこだーっ！」
　剣道で鍛えた脚力を活かして突っ走る。
　人は歩いていた。巨乳は見つからない。表情が焦り始める。萌は見つけた細い暗がりに飛び込んだ。身を低くして走り、急に速度を落とした。話し声が聞こえる。その中におっぱいの単語が含まれていた。
　萌はそっと顔を出した。
　橘千歳の右のアッパーカットが決まった。御剣刀が仰向けの姿で吹き飛ばされた。鈍い音が響いて壊れた人形のように地面に丸まった。
　――おっぱいで誘って一撃にするとは！　ちっぱい同盟の同志に、あれは！
　小山内海の姿に息を呑む。白いブラジャーの片方が丸見えになっていた。急いで自身の胸に目をやる。
「やっぱりボクより、胸がある……んぐぐ」
　再び、二人の動向を窺う。刀を介抱することなく、揃って歩き出した。放置された刀は無残な姿を晒している。
　萌は神妙な顔で手を合わせて足早に去った。
「あの二人はだいじょうぶそうだから、他を探さないとね」
　来た道を振り返る。淡い光に照らされた人物が歩いてきた。茶色い髪はツーブロックで白いシャツに水色のパーカーを合わせていた。
　萌を見つけて、にししっ、と野菜原ユウは笑った。
「鬼河内じゃん。こんなところでどうした？」
「ユウくん、無事なんだね！」
「なんだよ、それ」
　笑いながら歩いてくる。
「そこにいるのはユウなんだぜ！」
　赤ら顔の酒浸朱蘭がユウの背中越しに声を掛けた。
「酒浸じゃん。なんだ、その手に持ってるのは？」
「これか、哺乳瓶なんだぜ。ほーら、ミルクの時間だぜ～？」
　中身の入った哺乳瓶を掲げる。自身の胸を下から軽く持ち上げて見せ付ける。シャツの膨らみが大きくなり、ユウの目を引き付けた。
「ユウくん、こっちだよ。ほーら、希少価値のちっぱいだよ～」
　萌は胸を前に突き出す。
「こっちは膝枕もあるんだぜ。おっぱいも触り放題だぜ」
　朱蘭は地面に胡坐を掻いた。その姿で自身の胸を掴んで回す。ユウは惚けたような顔でふらふらと吸い寄せられた。
「こらー、ユウくんを誘惑するなー！」
「ちっぱいは気にしないで、どんどん飲みまちょうねー」
　近づいてきたユウの袖を引っ張り、無理矢理に座らせる。間髪入れずに哺乳瓶を咥えさせた。何回か喉仏が上下した。
「なーんら、気持ちよくなっれきたれぇ」
　呂律が回らなくなり、ユウは前に倒れ込んだ。朱蘭の膝枕に頬を押し付ける。
「巨乳はもげろ！」
　一部始終を見ていた萌が突っ込んできた。低い姿勢で滑り込み、朱蘭の胸を鷲掴みにした。手に余る大きさに驚いた口が開き、そこに哺乳瓶を突っ込まれた。
「ろっこんミルクを楽しむんだぜ」
　哺乳瓶を傾けると瞬く間に目がとろんとした。上体が揺れて頭が沈み込む。ユウと同じような姿勢で眠りに落ちた。
「まだまだろっこんミルクは活躍するんだぜ」
　二人の寝顔を見ながら更なる野望を口にした。

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