Mother's Day でやりたくなる｜リアクション

Mother's Day でやりたくなる

　旧市街を宮祀智瑜が伸びやかに歩く。頭の左右に結ばれた黄色いリボンが軽やかに舞う。
　服装は白いブラウスに薄桃色のカーディガン。丈の短いスカートは赤地で黒いチェック柄が入っていた。明るい表情によく似あっている。
　橋を渡ると雰囲気が変わった。洒落た店が多くなり、朗らかな若者達が通りを行き交う。
　智瑜は横目でショーウィンドウを眺めた。
　――明るい色の服が多く並べられています。私の胸のサイズでは少し苦しそうですね。
　ゆったりとしたトレーナーは着られそうです。できれば可愛いリボンをあしらったワンピースが欲しいのですが。
　先の方に目を向けた。陽気な人々に混ざって桐島義弘の姿があった。紺色のスーツで身を固め、周囲を気にするような仕草で歩いていた。
　――こんなところで義弘先生に会えるなんて。
　溢れる感情が笑みを作った。同時に不満そうに頬を膨らます。
　――キョロキョロしすぎです。他の女の人を見てたら拗ねちゃいますよ。
　自然に足が速くなる。
　――今日の私はどうしたのでしょう。義弘先生は素敵なのですが、この感情は少し違っていて。
　ぎゅっとしたいのです。
　頭をなでなでしたいのです。
　私のおっぱいをあげたくて堪らないのです。
　智瑜は大きく胸を弾ませて義弘に飛び込んでいった。
「宮祀か。どうしたんだ？」
　少しずれた眼鏡を押し上げる。智瑜は顔を上げた。義弘の首にするりと腕を回して微笑んだ。
「捕まえました」
「こんなところで冗談は感心しないな」
「冗談に見えますか」
　智瑜は身体を寄せる。大きな胸を押し付けた。退く相手を逃がさないように腕に力を込めた。
「あれだ。ズボンは破れてないぞ」
「私の胸、柔らかいですよね」
「そうだった。背広の右のポケットに穴が出来ていた。それを宮祀の裁縫の技術で」
「もう少し、強く押し付けましょうか」
　言いながら実行に移す。胸はひしゃげた。
「私の胸、柔らかいですよね」
「柔らかい」
　二度目の問いかけに観念したかのように、ぽつりと呟いた。智瑜はにこやかに笑う。
「よし君、よくできました。いい子にはおっぱいをあげましょうね」
　右腕を首に回したまま、少し身体を離した。左手で片方の胸を持ち上げて見せる。
「れ、冷静になるんだ」
「よし君、声が震えていますよ。そんなに緊張しなくても、いいのです。ほら、ボタンを外していきますよ」
　言葉の通り、智瑜はブラウスのボタンの一つを外した。二つ目で薄っすらと浮き出た鎖骨が見えた。
　三つ目に指を掛けた瞬間、義弘は思い切った行動に出た。智瑜を胸に抱え上げて目に留まった店舗の隙間に駆け込んだ。
　通りに背中を見せた格好で義弘は智瑜を下ろした。
「いい加減にしないか」
「こんなところに私を押し込めて……わかりました。よし君の好きなようにしてください」
　上目遣いとなって両方の胸を持ち上げる。
「ご、誤解だ。そんなつもりで」
「ここには誰もいませんよ。自由に思ったことをすればいいのです」
　智瑜は爪先立ちの姿となった。少し顎を上げて唇を柔らかく突き出す。
「ま、待て。正気に戻るんだ」
「ほら、心を開いて」
　三つ目のボタンが外された。胸の深い谷間に義弘は完全に呑まれた。抗う術を忘れてしまったかのように棒立ちとなった。
「いい子にはご褒美をあげますね」
　智瑜はとろんとした瞳で唇を近づけてゆく。
　突然、二人の横手から風が吹き付ける。前触れなく、業務用の室外機が稼働を始めたのだ。
　短い悲鳴が上がる。智瑜は捲れ上がったスカートを両手で押さえた。
「わ、私は、何も見ていない！」
　上ずった声で否定した義弘は通りに向かって駆け出した。
　残された智瑜は赤い顔で立ち尽くす。我に返ると顔を両手で覆って、恥ずかしいです、と小さく身体を震わせた。

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