Mother's Day でやりたくなる｜リアクション

Mother's Day でやりたくなる

　閑散とした通りを新田樹は歩いていた。徐々に歩幅が狭くなる。息苦しいような表情になった。
　止まりそうな足で上着のボタンを外していく。中からオレンジ色のシャツが覗いた。
「何だろう。良くならない」
　シャツの胸元を軽く握る。
　前方から男性が歩いてきた。身長は高く、顔の彫りが深い。四十代くらいに見える。グレーのスーツを見事に着こなしていた。
　樹はシャツを強く握り締めた。男性との距離が縮まる。
「なんで、こんなこと……したらダメなのに」
　速い呼吸でシャツを捲り上げる。可憐な胸を覆うブラジャーに指を掛けた。上にずらそうとした瞬間、距離を詰めた男性に手首を掴まれた。
「女の子が、そんなことをしてはいけない」
「でも……この胸の疼きが、がまんできなくて」
「一時の気の迷いが一生の傷になることもある」
　強い拒絶ではなかった。厳しい表情に反して目は優しい。子供を諭すような温かさが垣間見える。
　樹は拗ねた表情を露わにした。嫌がる子供のように身体を揺らす。
「女の魅力がないから、そんなことを」
　不満は途切れた。男性が樹を胸の中に抱いて口を塞ぐ。
　樹は大きく息を吸い込んだ。顔を横に向けて吐き出す。
「君の愛らしさに負けた私を許して欲しい」
「……煙草の匂い、私、嫌いじゃないかも」
「そうか。でも、これ以上は」
　男性は樹の両肩に手を乗せて軽い力で引き離した。
「あなたは良い人ですね。でも、少し臆病なところが……言い過ぎました。生意気でごめんなさい」
「いいや、その通りだ。では勇気を出して、少しの間、私と付き合ってくれないか」
　声音に冗談の要素は含まれていない。真摯な告白に聞こえる。樹は抑えた表情で笑った。
「大人の女性なら、すぐに返事はしないと思うけど、私は子供だからいいですよね」
「ありがとう」
　樹は男性と連れ立って歩き出した。

　見掛けた自動販売機で男性は缶コーヒーを買った。樹には微炭酸のオレンジを手渡した。
　しおらしく受け取ると小声で言った。
「嬉しいです」
「受け取ってくれて感謝する。先程の軽率な行動が許されるとは思っていないが」
「全然、悪い気はしてないですよ」
　樹は小さな公園のベンチに目を留めた。
「座って話しませんか」
　男性は微笑みで返した。
　二人は公園のベンチに座った。疎らに人はいたが注目されることはなかった。
　樹は朗らかに言った。
「私達は親子に見えるのかもしれないですね」
「そうかもしれないな」
　男性は手にした缶コーヒーを飲んだ。樹は缶ジュースを手の中で弄る。
「あなたの仕事を聞いてもいいですか？」
「構わない。職業は警察官だ。今日は非番で特に用事はない」
「立派なお仕事ですね」
「職業の一つを選択したに過ぎない」
　二人の前にボールが転がってきた。男性は片手で素早く拾う。怖々と近づいてきた女の子に表情を和らげて差し出した。
「おじちゃん、ありがとう！」
　女の子はボールを受け取ると元気に走り出した。
　樹は微笑ましい光景に目を細める。
「子供が好きなのですね」
「正直に話そう。私は小さな女の子が好きだ。警察官になった理由もそこにある」
　思いもしない告白に樹は目を丸くした。直後に納得するような表情となった。
「どうして警察官なのですか？」
「愛らしい女の子を犯罪の毒牙から守る為、警察官という職業を自ら選んだのだ」
　堂々とした態度に樹は目を潤ませた。
「とても男らしくて……私の胸が疼いて、堪らない、気分になります……」
「そのような可憐な姿を見せないで欲しい。私の忍耐にも限界はある」
　公園を通り掛かった一人の少年は二人の遣り取りに顔を顰めた。
「ただのロリコン親父じゃねぇか」
　その声は小さく、誰の耳にも届かなかった。

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