深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　本気で走られたら到底追いつけるはずはない。それだけ神無月文貴と鳳翔皐月の運動能力には差があるはずだった。のだが……

「ウザいんだよ！　触るな、バカッ！」
皐月が必死に追っていたはずの文貴は、いつの間にか速度を落として彼女のそばにぴったりとくっついて走っているのだった。さらに隙を見てはぺたぺたと背や尻を触ってくる。競争するのではなかったのか。勝って嫁にすると豪語したのではなかったのか！　今日の文貴は皐月をいらつかせる天才だった。考えるより早く、皐月は右腕を繰り出していた。
「このっ！　うざってぇんだって！」
　交互に飛んでくるサーベルと鉄拳をひょいひょいと交わしながら、文貴はにやにやと怒る皐月を横目に走った。筋のいい攻撃だが、走りながら、戸惑いながらの攻撃になど当たるはずがない。最初からハイスピードで行くつもりの海賊仲間、シグレ・ナイトウォーカーたちが抜き去った。「おう、しっかりやれよ！」と手を振る文貴。そこに怒声がぶちまけられた。
「私で遊ぶのもいい加減にしろ！」
皐月の釣り目がちの目がさらに上がっていた。文貴は少しだけ、苛立ちのようなものを感ずる。

　殴って利かないなら怒鳴って黙らせよう。その皐月の目論見は外れるどころかとんでもない方に転がりだした。遊ぶな、ふざけるなと叫んだ皐月を見る文貴の顔が、にやにや笑いから真顔に変わった。そのまま即答する。

「遊び？」
その目に凄味すら感じられて、皐月は思わずじっと文貴を見る。
「とんでもねえ、てめぇにゃ本気だ。わからねえのか？」
回りくどい飾り言葉など一切ない、ド直球の告白。
「その気っ風のよさ。男勝りの気性に本気で惚れてるんだ」
（なんで、こんな時に……この男は……）
思考が止まりそうになり、必死で文貴の言葉を読み解く。
「俺が極道の妻に、と見込んだ女だ。他の奴なんかにくれてやるもんかよ」
憎らしいほど率直に、文貴は思いのたけを打ち明ける。闇の中で頬を染めかける皐月に、再び不適な微笑を見せる。お前はうなずくだけでいいのだ、と。
「……ちったぁ黙ってこの馬鹿ド阿呆色情魔がぁ！」
「がっ!?」
その瞬間、文貴の腰に後からきれいな回し蹴りが入る。のけぞる文貴を残して、皐月は走り去っていった。自分の動悸が無茶な走りをしているせいか、それとも唐突な告白を受けたせいなのか、判断することはできなかった。
「バカ……段階を踏めつっただろーが……」

　走りに走って、皐月はクエスト1のチェックポイントにたどり着く。ペース配分も何もない、めちゃくちゃな走り方をしたおかげでだいぶ疲れてしまっていた。
「はぁ、はぁ……三分の一か、当たって砕けろでやってやるぜ……」
一つのカップを指差したその隣に、またも文貴が現れた。たちまち追いつかれてしまったことに皐月は不機嫌をあらわにする。今はこの男の顔を近くで見ていたくなかった。どうしていいのか、自分の心がわからなくなってしまう。そんな皐月の気持ちを知ってか知らずか、文貴は笑う。
「さーて、とっとと片付けていくか。こーいうのは度胸とハッタリが肝心だ」
「おい！　早く私のを開けてくれ！　後がつかえてるだろ！」
皐月は係員に怒鳴り散らした。
「何焦ってんだ皐月。俺に負けるのが怖ぇのか？」
「うるせえ！　おい、早く頼むから！」
「ふっ。博奕にゃ強いんでね。負ける気がしねえぜ」
二人のやり取りに気圧された係員が、慌てて皐月と文貴の選んだカップを開く。カップの中にはミニサンマさんが鎮座していた。「お二人とも得点獲得、十点です」の声もろくに聞かずに皐月は駆け出す。その後をすぐさま文貴も追った。