深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　生まれも育ちもこの寝子島。綾辻綾花もまた、仮装ランナーとして夜道を走っていた。まじめな綾花がこんな夜更けに外を出歩くことはめったにない。今日は彼女にとって、少しだけ羽目を外せる夜なのだ。
「眠いけど……。コーヒーを飲んできたし、たぶん、大丈夫」

黒髪の両サイドからは、同じ色の大きな猫耳が生えている。黒い衣装に、同じ色の尻尾は二本。キュートな猫又娘の扮装だった。尻尾の先と首には、真っ赤なリボンがつけられていた。
「今夜はよろしくね」
にゃあ、という返事が綾花の腕の中から聞こえてくる。彼女のお供となる、本物の白い猫だ。黒を基調とした綾花と、まるで対になっているかのように思える。この白猫と綾花は出合ってまだ間もない。この前のトリエンナーレでなつかれて以来、ずっと一緒にいる。どうやら綾花には、猫に好かれる特別な魅力があるようなのだ。猫には猫、綾花は今日だけは猫又になりきって、この子と一緒に走るつもりだった。
「バテてリタイヤだけはしたくないから……ゆっくりと、ね」
ポケットにそっと手を触れる。この島では、どこでも猫に出会えるチャンスがある。そのチャンスを逃さないよう、いつも携帯している『猫メモ』が中に入っているのだ。綾花はあまり運動は得意ではない。無理なく楽しんで走って、そして猫と出会えたら。それが彼女らしいイベントの楽しみ方だった。

「わあ……なんだかマラソンコースじゃないみたいですね」
　綾花はクエストを一つだけ選んだ。海浜公園前の、ミニサンマさんフィギュア当てクエストである。途中歩いて体を休めたり、思いがけずかわいらしい猫に出会ったりして、ずいぶんとスピードを落としてしまったせいか、綾花がついたときにはこの第一クエストに取り組んでいる選手はごくわずかだった。その代わりと言うのはいささか変かもしれないが、公園前はちょっとしたコンサート会場のようになっていた。歌い、踊るのはバーチャルアイドルに扮した伊藤恵美である。綾花はあまりよく知らないキャラクターだが、仮装やパフォーマンスのレベルの高さはよくわかった。その場に留まる観客は熱狂している様子だ。
「そうそう、私の目的はクエストだから……急がないとですね」
　席に着いた綾花の前には三つのカップが伏せられた。外側からではまったく違いはわからないし、カップに触れることは許されない。綾花が首を傾げて考えると、抱えられたままの白猫も首をひねった。
「制限時間は十分です。一つ選んでくださいね」
係員はそう言うが、そんなに時間をかけてはいられない。綾花はすばやい決断を迫られた。
「猫ちゃんも一緒に考えてくれる？」
（今日の私は猫！　しかもただの猫じゃない、猫又です。野生の勘を頼りに……！）
「こっちにゃん！」
カップの一つを指差す。同時に綾花は、係員の目が点になるのを見た。
「ああ、あの……こほん。こっちだと思います」
ついつい、猫又の気持ちになりきりすぎてしまった。綾花はちょっと照れつつ笑ってみせる。苦笑いする係員が開いたカップの中は、残念ながら空っぽだ。