深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会｜リアクション

深夜激走！　寝子島仮装マラソン大会

　いい雰囲気であったのは、何分ぐらい前の話だったろうか。今、ブリジット・アーチャーと新井すばるは渋い顔で座っている。ここはクエストカウンター一番、カップの中身当て会場だ。
「すばる。あなたこれ得意って言ってたじゃない」
「うん。スリーカップね。テク知ってるから簡単って思ったんだけど……」
係員の手さばきはすばるの予想の上を行った。ミニサンマさんがどこにあるか、もうまったく手がかりはない。
「係の人うまいなー。見失ったよ」
苦笑いするすばるに、ブリジット扮するおひげの名探偵は迷わず一つのカップを指差して見せた。
「私の灰色の脳細胞によれば……犯人は、あなたね！」
ビシッと指したカップの中身は……空だ。
（わー灰色の脳細胞、すごいねー）
すばるが声に出さぬのは、最大限の優しさと信じたい。
「大丈夫、こういうときこそボクの推理力の出番だよ……どーれーにーしーよーうーかーなー」
小学生レベルのテクニックを披露するすばるだった。
「それにしてもあっちはにぎやかだよねぇ。クエスト関係以外の人も集まってきてるよ」

「みなさーん！　私をはじめとするランナーへの応援ありがとうございます！　私の歌とダンス、よかったら見て行ってね！」

伊藤恵美が海浜公園前で踊る。ちょうどここは、クエストその一の会場でもあった。ランナーにとっては真剣なクエストだが、三つのカップから当たりを選ぶという内容はあまりにも地味で、ここで足を止めて応援する者は少ない。だが、今は恵美のミニリサイタルが見られるとあって、MAIKOファンの島民たちが集まり始めていた。
「まいちゃーん！」
「ダンスの動きもそっくり！　すごーい！」
恵美はMAIKOの持ち歌を次々と披露する。何度もゲーム化されている人気キャラクターだから、歌の知名度はそこそこ高い。踊りはゲーム中で再現されているものを特訓して覚えていた。どこから持ってきたのか、サイリウムを振る者まで現れる。今新たなMAIKOの、いや、恵美の信者が誕生しようとしていた。
「この後はマラソンで完走を狙います！　みんな最後まで応援してね！」
拍手に包まれて恵美は再び走り出した。
「コスプレしてのパフォーマンスって、最高に楽しい！　こればっかりはいくつになってもやめられないわね！」

　別な卓には、クエストをともにする海賊同盟、日暮ねむるとシグレ・ナイトウォーカー、そして秋ノ宮こまちがいた。
「このクエストは僕に任せて」
というねむるの言葉をシグレとこまちは信用して見守った。
「えーと、さてコップを一個……おっと！」
テーブルに手をつき、カップを選ぼうとしたねむるはバランスを崩して倒れ、肘をぶつける。衝撃でカップは三つとも倒れて、中身が見えてしまった。
「だ、大丈夫ですか？　気をつけてください！」
「あはは……やっちゃった。仕切りなおしで？　そうかー左に入ってたのかぁー」
係員にごまかし笑いをしながらも、ねむるは倒れたカップに目を光らせていた。自分が倒れたカップの中身を見た、ということはこれでアピールできた。係員は左のカップにあえてミニサンマさんをまた入れてくるだろうか？　ねむるは『その確率は低い』と踏む。二者択一になった『はず』と信じて選ぶ。秘策というには不安の残る賭けだった。ねむるは残された二つの選択肢に手のひらを添え、親指でカップの底――今は天井となっている場所――をこつこつと叩いた。手に伝わる感触と反響音を吟味する。
「それでいいのか？」
シグレがねむるをおもしろそうに見つめている。
「私たちは運命を共にする者。信じるわ」
こまちもねむるを見守った。ねむるの選んだカップは右。三人が固唾をのんで見守る中、選択の結果がゆっくりと開かれた。
「お見事」
シグレがねむるの選択をたたえる。その中には、腰に手をあてピースサインをしたミニサンマさんがすっくと立っていた。